2018年4月5日木曜日

 近頃のシヴァロマ皇子の朝は、令夫人との通信で始まる。
『おはようございます、婿どの』
「ああ」
 その声で目覚めた殿下も、心なしご機嫌が良さそうだ。

 お部屋の壁に映し出される令夫人、タカラ・シマ様は指定された時間に秒単位できっちり通話をかけてくる。几帳面な殿下はこのことに満足されていらっしゃるようだ。
 映像のタカラ・シマ様は詰め襟姿である。シヴァロマ皇子も船上で過ごされることの多い御方だが、彼も早朝から仕事モードでいらっしゃることが多い。
 しかし―――お二人の通話を眺める、警護の軍警察官は、令夫人の姿に思う。こんな軍人がいるものかと。
 ヤマト人のタカラ・シマ様は、皇軍人から見るとあまりに小柄だ。一般人と比べればそれなりに鍛えているが、とにかく恵まれた体を鍛えに鍛え抜いて絞るガチムチ皇軍人の目には華奢にさえ見える。もし彼が皇軍に入れば、その日のうちに誰かの女にされているだろう。争奪戦で血の雨が降るかもしれない。
 おそらく、アダムアイルのごつくしい皇族として生まれたシヴァロマ皇子にも、そのように感じているはずだ。
 尤も、王族は大抵、男子もこのようなものではある。そもそも王侯貴族が軍人であるケースも少ない。その必要のない身分だ。

 タカラ・シマ様は美しい。皇族に及ぶところではないが、皇軍人に美貌は求められないのでシヴァロマ皇子に見慣れていても『美貌』と呼べるほどには美しい。
 最初はシヴァロマに似合いのきつい美人だな……と感じていた側近たちも、日々の通話を聞くうちにその印象が180度変わってしまった。
「貴様、今日の今朝のは何を?」
『今日は諸用でかなり早くに起床しましたので、その時に握り飯を五個、具はおかかと梅干しと豚の角煮と鮭といくらと蛸わさで、皆と一緒に朝食をとっておかわり三杯しました』
「食べ過ぎだ!!」
『あはは』
 泣き喚くワガママ貴族も黙るシヴァロマ皇子の一喝を受けても笑ってらっしゃる。何というか、大らかな方だ。

『そうそう、婚約した日に植えた千年桃花の盆栽が、だいぶ大きくなりましたよ。春には花をつけるでしょう』
 嬉しそうに植木を抱えて笑うお顔は、大変かわいらしい。シヴァロマ皇子が保護する形での結婚で、その事実をこの王子は知らぬはずだが、シヴァロマ皇子を素直に伴侶として慕ってなさるようだ。
 婚約の日に植えたとはまた、いじらしいことをなさる。
 カロリー過剰摂取に腹を立てていたシヴァロマ皇子も「そうか」と怒りを鎮めてしまう。この方の激昂を一瞬にして宥めるとは、ある種の才能だ。尊敬に値する。

 このような方がシヴァロマ皇子のお相手であることは、喜ばしいことだと思う。
 まず心臓が弱い方だと、シヴァロマ皇子の突然の噴火で失神しかねない。繊細で臆病な方であれば精神を病むだろう。
 タカラ・シマにはどちらの心配もない。見ていて安心感がある。
 それに、シヴァロマ皇子はあまりに滅私してヴェルトールの治安維持に務められた御方。休暇をとった日が一日たりともなく、人間らしい娯楽も知らない。何しろ、皇帝陛下と母妃の意向で五歳の時から皇軍警察に入り、醜い犯罪や悲惨な事件を処理されてきた。
 恐ろしいことに陛下は、ご自身のご子息を万引き犯の逮捕や酔っぱらいの取り調べなども幼いうちに経験させた。母妃は皇子に子供らしい遊びをさせることさえ一切許さず、甘えという甘えを彼から奪った。
 双子のデオルカン皇子は自由を許されていたにも関わらず、である。
 このあたりの事情は、王族ですらない一皇軍人である側近たちは知らない。しかし、あまりに酷いではないか。シヴァロマ皇子が潔癖症であるのも、人の温かみがない……とされるご気性や冷酷な部分も、無理からぬことだ。

 タカラ・シマ様と会話される朝のひと時、皇子の表情は心なし、柔らかい。
 しきたりのため仕方なくした結婚だからこそ、皇子の冷えきった心を溶かすきっかけになればと願わずにはおれない。

 しかし、皇子の穏やかな日々は、突如として終焉を告げる。
『……おはようございます、婿どの』
 昨日まではころころとよく変わる表情を見せてくれた令夫人が、何やら思いつめた様子で朝の挨拶を告げたのだ。シヴァロマ皇子も何事かあったかと、刑事の顔で向き直る。一種の職業病だ。
「何があった」
『何でも……』
「何でもという顔ではない。志摩に問題があったならすぐに報告しろ。伴侶の星に何かあれば、俺の責任となる」
『志摩は、関係ないです」
「では、何だ。はっきり言え」
 シヴァロマ皇子は苛々と声を荒らげる。この方は怒りはするが辛抱強くもある。どうも、タカラ様の変化に焦っている、ような……もしや心配なのか?

『………』
 その日の令夫人は和装であった。外星系の者からすると手術着のようにも見える、白い合わせ。たっぷりした袖を合わせてもじもじしているように見えた。あの服装は、そうすると胸元が見えそうで見えないのが何とも言えない。
『……が』
「なんだ」
『婿どのがっ! 来ないからっ……!』
 おもむろに令夫人は合わせを掴んで左右に開いた。ぶぼっ、という声は隣の同僚。
 タカラ・シマの細いのに肉づきの良い白い胸元で、赤く熟れた乳首がぷっくりと勃ちあがっていた。
『婿どのがあんな機械を使うから、こんなになってるんですっ! なのに放置プレイ一ヶ月目突入! なんすかこれ! 服が擦れるたびにじんじんしてっ』
 涙目で訴える令夫人。あれは確かに辛かろう。

 シヴァロマ殿下がどのような顔をされているかは、警護の者には見えなかった。スクリーンを見上げて硬直し、無言だ。
『子供たちがじゃれて、うっかり此処を触ろうものなら大惨事ですよ! 変な声漏れて若どうしたのって。ゲップ出たとか苦まぎれの言い訳レパートリーも在庫切れです! どうしてくれるんですかあ』
 そのような状態で一ヶ月苦しんでいたというのに、今日の今日まで我慢されていらしたのか……
 警護の者は同情した。いや、同僚。同僚よ。口元おさえて前かがみで皇子の伴侶のB地区をガン見するのはやめなさい。確かにこのところ色気の欠片もない任務続きで息抜きも出来ない状況だったから気持ちは分かる。しかし殿下に殺されるぞ、あのデンドロビウムみたいな愛銃で。
 あの容姿は反則だと思うのだ。老け顔の多い外星系の者からすると、ヤマト人は成人しても子供に見える。

 いわば合法ロリ

 そういう印象を、他星系出身者に与える。ヤマトの王子の中でも特にタカラ・シマは特に幼く見えた。あくまで外星系の者からすれば、という話ではあるが……
 加えてあの志摩伝統の朱色アイライン。妙に色っぽい。この王子は流し目がちなつり目をしていて、あの瞳で見られると、誘われているような錯覚を覚える。
 おまけにあのけしからん肉体は何だ。細い。細くて小作りなのに、微かに浮いた筋肉の筋がうっすら脂肪に覆われ、全体的にむっちりふっくりして見える。おまけに腰がしなやかだった。そしてあのAカップ程度の胸筋が却って卑猥。

「…………」
 シヴァロマ皇子は、顔を片手で覆って俯かれた。
「解決案を模索しておく。今日中にだ。それから明日から音声通話にするように」
『うぅ…早めにお願いします』
「分かっている」
 乱暴に通話を切り、ふぅ……と疲れた溜息をついてから。
 ツンドラの瞳が警護の者を射抜いた。

「ヨクマサカル、バック」

 前かがみの同僚がびくっと肩を揺らした。もう一人も冷や汗を伝わせる。ヨクマサカルは同僚の名だ。そしてバックとは……控えの後輩と交代しろ、と意。
 皇子の怒りが解ければ戻れるが、出世コースから遠のいた。
 肩を落とす同僚に「お前悪くねえよ!」と目だけで励ました。彼は力なく頷いてから、すごすご部屋を退出してゆく。
「ヨクマサカル先輩には申し訳ないですが、自分はこのチャンスを精一杯活かしたいと思います!」
 若手でありながら成績を認められて控えにいた好青年の後輩。
 彼も翌日、出世コースから去っていった。

『ぅ……ふっ、むこどの………ん、ぁ』

 緊張走る皇子の室内。響き渡る音声オンリー。
『んん…あふ、おはようござい……』
「…………………貴様、何をしている」
『だって』
「昨晩に届くよう、乳絆創膏を届けてやったはずだが!」
 ニップレスです皇子。乳絆創膏ってなんですか。
『……あんなのっ! 根本的な解決にならないじゃないですか』
 令夫人の言い分も尤もだ。
 あの機材を用意したのは自分なので分かるが『不感症でも五分で肉奴隷』がキャッチコピーの極悪調教機だったのだ。言いつけられた際、皇子の頭を疑ったが、我が身可愛さで注進もせず命令に従ったことを後悔している。
 皇子は此方の方面に疎く、過去の事件で知ったこの機材なら初夜に役立つだろうと深く考えず購入したのが、仇になった。

『ふっ、ぇ…ふぇえ……まえだけじゃ、たりなくて、どうしたらいいんです。うしろになにか入れればいいんですか』
 肉奴隷仕様にされたというのに放ったらかしの王子は、体が切なくて泣いてしまっているようだ。
 この王子、声はちゃんと低くて明朗なのだが、妙に腰にクるというか、無邪気な性格のせいか嬌声も嫌味がない。あの一見きつそうな目でぽろぽろ涙をこぼし、柔らかそうな唇で嗚咽を漏らしているのかと思うと……
「まて、おちつけ。話せばわかる」
『おなかがちくちくして、ひっく、んぁ、あ…ぁん』
「…………!!」
 皇子が乱暴に髪を掻き乱した。長く仕えているが、あの皇子がこれほど取り乱す姿は初めてかもしれない。
「おちつけ! この部屋には他にも人間がいる!!」
『!!!!!?』
 婿だけでなく、警護の者まであられのない声を聞いていた。
 そのことに気づいて驚いた令夫人は、即座に通話を切る。

「トリテラン、バック!!」

 仕事一筋で女っ気のない職場で悶々としていた可哀想な後輩が、鼻血を噴いた咎でチャンスをその日のうちにふいにする。
 不意打ちとはいえ、夫人に欲情するなど確かに罰されても仕方のないことではあるが、それにしてもシヴァロマ皇子にしては感情的な処断のように思えてならない。
 自分は長年鍛えた鉄面皮で何とか耐えたが………
 あれはしょうがないでしょう、ねえ。


***


 皇宙軍の仕事は主に訓練、演習、訓練と訓練、軍備調整、紛争の鎮圧、敵対エイリアンへの威嚇、逆に友好エイリアンへの軍の貸与などが該当する。
 多忙と言えば多忙だが、ひっきりなしに宇宙を奔走する皇軍警察と比べれば閑職とさえ言えた。
 双子の兄は、五歳の時分からそのクッソ忙しい罰ゲームのような職務をやらされていた。同時期にデオルカンも皇宙軍に放り込まれたものの、シヴァロマよりはマシな境遇だった。
 性格的に向いているとは思う。
 が、向いているのと限界は別問題。

「どうした、兄者」

 真昼のニヴルヘイム宮殿で、神経質な堅物の兄が酒のボトルをいくつも空けている。
 デオルカンが部屋に入る前から手を祈るように組み、そこに額を預けて憔悴した様子。これは、ただごとではない。生まれる前から一緒だった兄のこのような姿は、今までなかった。
 他人などヘモグロビンの詰まった袋程度にしか考えていないデオルカンだが、この兄には負い目がある。
 ニヴルの双子皇子は実験的な教育対象者だった。片方の大人しい子供は徹底的に厳しく躾け、片方の奔放な子供は大らかに育てる。その結果がこの、人間らしい楽しみを何一つ知らない憐れな男だ。
 彼を束縛する母妃を殺害したのは、せめてもの償いだった。母妃がいては、この先彼が人間性を得る機会さえ失われてしまう。
 この男は、女を抱いたことがない。興味すら抱けない。好意を抱くということが、どういう意味かさえ知らない。休み方も遊び方も知らない。娯楽を楽しめない。食事を美味いと感じることさえない。
 酒を呑むのは苦痛やストレスを誤魔化す為。それも普段は一杯ひっかける程度だ。

 そんな双子の兄が、自暴自棄に酒をくらっている。何事かと思う。
「………」
 既に相当呑んだのか、据わった目がデオルカンを睨みつけた。親の敵のように。いや、そういえば親の敵だったか。
 シヴァロマはボトルを掴んで前に突き出した。
「呑め」
「おう。貴様、どうしたというのだ」
「未だかつてない怒りに囚われて己を保てぬ」
 短気ではあるが、最後の一線で留まるシヴァロマが、己を保てぬほどの怒りで酒に逃げたと。
 注がれた酒を煽り、しげしげと双子を見た。常にきっちり整えられているプラチナブロンドがほつれて額にかかっている。
 彼はテーブルを拳で叩いた。勢いで端が粉砕。

「あのタカラ・シマには我慢がならぬ!!」

 なるほど、合点がいった。
 保護目的で結婚したはいいが、あのお気楽極楽あっぱらぴーの王子とは根本的に合わなかったのだろう。初めから無理があったのだ。
 しかし、夫婦喧嘩はデオルカンも食わぬ。
「嫌なら離婚してしまえ。外聞など気にするな」
「誰が離婚すると言った?」
 心外、いや不快だと言わんばかりに吐き捨てる。シヴァロマは恋人どころか友達すらいた試しがなく学ぶ機会もなかったろうが、会わない人間と無理して付き合ってもストレスが溜まる一方で得られるものなど何ひとつない。傷が浅いうちに別れるべき。
 しかし、あくまでシヴァロマは結婚生活を続ける気のようだ。
「あやつはどう言っても食事を控えん。早朝、朝食、昼食、間食、夕食、晩食、間食、夜食で酷い時には日に十度も食う」
「見かけによらず大食漢だな。しかし肥満体にも見えんし(どうでも)良いのではないか」
「よくはない。男のくせに卑猥な肉体をしおって……!!」

 ?

 話の方向性が、どうも……
 シヴァロマは憤懣遣る方無しという調子で拳が白くなるほど強く握り、奥歯を食い締める。
「あの者の緩みきった笑い顔は張り飛ばしたくなる」
「ずいぶん嫌っているな」
「それだけではない。あの不道徳に漲った腿を思い出すたびに食いちぎりたくなる。いや、腿に限らぬ、あらゆる箇所の肉をだ。それにあの貧弱な肩はベアバックで力の限り砕いてしまいたい」
「いや、貴様、それは……抱きしめたいのではないか?」
「これほどの殺意を抱いたことはない! 罪なき幼い少女を何人も拉致し皮を剥いだ姿で飼っていた凶悪犯を処刑した時よりもだ!!」
「あー、あの事件、貴様それほど怒りを……いや待て、その程度の怒りだったのか?」
「俺にも、なぜこれほど腹が立つのかわからぬが、その衝動が全身を駆け巡っている。寝ても覚めてもだ。だが……」
 シヴァロマは項垂れた。何だこいつは。本当にシヴァロマなのか? 偽物か?
「アジャラから救出した際、あの男は今にも泣き出しそうであった。あの顔は見たくない……」
 殺してやりたいほど憎んでいるというのに、泣かせたくはない。
 言っていることは猟奇的だが、彼の欲求は全く別の方向にある。そのことが、彼には処理しきれぬのだ。
 デオルカンは兄の肩を叩いた。

「二十年以上、貴様は一日たりとて休息しなかった。もういい。俺が皇軍警察を請け負う。貴様は半年ほど休め」
「下らん。休暇など必要ない」
「貴様は自分の限界を知らんだけだ。といっても急に抜けられては困る、そうだな……三ヶ月後には志摩は春を迎える。ヤマトは桜が咲く時期だ。その頃に行け」
「…………」
 もっと激しく抵抗するかと思いきや、シヴァロマは考え込んだ。この機に乗じて皇軍警察を乗っ取る気か……などの疑惑も、一切口にしない。
 頭にあるのは寝ても覚めてもシヴァロマを悩ませるタカラ・シマの『張り倒したくなる笑い顔』のこと。





『昨日はすみませんでした、婿どの。はしたない真似を……』
 よほど堪えたのか、このシヴァロマ・ヨドルグ・ヲガ・ニヴルの喝にも怯まぬタカラ・シマがしょぼくれた様子で映像通話で謝罪した。高い詰め襟に制帽を目深に被り、顔もよく見えない。
 シヴァロマはそのことに舌打ちする。理由は不明だが、苛つく。この男はシヴァロマの逆鱗に触れる天才だ。

「謝罪する必要はない。あの機材がどういったものかは、知っていた。配慮が足りなかったことを詫びる」
『いや、まあ、その……もういいです。では、これで相殺ということで』
「お前がそれで良いなら、この話はここまでだ」
『へへ』
 何が可笑しいのか帽子の鍔を上げ、へらへら笑うタカラ・シマ。
 これだ、この顔だ。このふにゃけた顔を見ると、襟首を掴んで往復ビンタをかまし、無駄にふっくらした唇に齧り付いて窒息させてやりたくなる。
 他人の粘膜に口をつけるなど、シヴァロマの感性的にありえぬ不衛生な行為だが、どうにも歯の根が疼いて耐え難いのだ。
 だからと言ってタカラ・シマに「笑うな」と命ずる気にはならなかった。食事制限はさておき、どんな表情をしようがこの男の勝手。志摩は自治領で、志摩宙軍の主はこの男だ。軍人がにやつくべきではないと言っても文化の違いはあり、シヴァロマに口を挟む権利はない。

 とにかく話題を逸らすべく、シヴァロマは咳払いした。
「しかし、根本的な解決にはならぬ」
『そうですね……あの、婿どのさえよければ、俺、専門の人に頼……』
「あァ?」
『ひぃ』
 豪胆なタカラ・シマが小動物の如く身を竦ませる。反射的にチンピラやデオルカンのやるような下品極まりない威嚇をつい真似てしまったとはいえ、怖がりすぎだろう。
 おまけに唇を震わせて眉を下げてしまう。シヴァロマは、慌てた。ヘラついた顔はまだしも、この顔だけは見たくない。
「……三ヶ月後、俺は休暇をとり、志摩で半年ほど逗留する予定だ。仕事の合間にでも忍んでくるが良い」
『休暇!? 半年!? 本当ですか、婿どの』
「貴様は俺が冗談を言うために……」
『いや、別に疑った訳ではないので。ただ吃驚して。へへ、何だか婿どのが求婚してくれた日みたいですね』
「………」
『じゃあ、俺も同じ期間、休暇をとりましょう。実を言うと、俺もまとまった休暇をとったことがないんです』
 この男の場合、航行中に手が空いたり、コンディション調整のための期間を設けたりはするようだが、その間も当主代理としての仕事は絶えぬらしく、実のところ似た者同士だったのかもしれない。
「三ヶ月間、耐えられるか」
『はい、大丈夫です。うわあ、楽しみだなあ。へへへへへー』
「………」
 男児がにへらにへらと締まりなく笑いおって、全く………

 しばき倒したい

 通話を切断してから、ニヴル皇子シヴァロマは脳内で伴侶の頬を思うさま抓る想像で己を落ち着かせつつ、モーニングコーヒーを傾けた。
 とはいえ、昨日の遣り切れぬ激情は綺麗に消えていた。デオルカンの指摘通り、疲れていたのかもしれぬ。タカラ・シマは人を疲れさせる。
 その疲れさせる相手の元に休暇へ赴く矛盾について、彼は深く考えなかった。

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創作:竜屋

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