シヴァロマは限界だった。
あらゆる意味で限界だった。
目は血走り、血管は浮き出、筋骨は盛り上がり、吐く息は鬼か悪魔の如し。出会う人すれ違う人が悲鳴を隠せない。失神者さえ続出した。
タカラ・シマめ!
このうえは生かしてはおけぬ!!
だんだんと目的をはき違えて来ていることにすら、シヴァロマは気づかない。
あらゆる雑事を倍速で片付け、あまつさえ仕事が残った状態でデオルカンに押し付けてまで志摩旅行を早めた。
その頭にあるのは、タカラ・シマへの殺意。それのみである。
―――なぜ「会いたくて会いたくて震える」が「生かしておけない」に脳内変換されるのか、シヴァロマの思考回路は謎に満ちている。
航行ですら苛つくので、体が鈍るのを覚悟の上でスリープポッドに入った。これで寝て目が覚めれば志摩に到着する。
「殿下、お目覚めください」
想像以上に早かった。
だが、これからが少々長い。長旅につかれた体を癒し、リハビリで元の状態に戻さねば。
ホーク・ホールから志摩までの数日間で体を戻し、貧乏ゆすりをしたい思いでじりじりとヨルムンガンドがステーションに着陸する瞬間を待った。
「婿殿!」
それは、それは嬉しそうに。
めかしこんできたのだろう、婚約の際に植えたという千年桃花の羽織を纏ったタカラ・シマが満面の笑みで両手を広げ駆け寄ってくるのを、
片腕に担いで攫った。
ところで、アダムアイルは時速五十キロほどで走る。様々な臨界点を突破したシヴァロマはK点をも突破「ひげへえええひょへえあはあああ」と間抜けな悲鳴を上げるタカラ・シマになど構わず、志摩の宮殿にあたる庁舎にひた走る。
千鳥居を駆け上がったところで(※移動装置は無視)特殊装甲の踵でブレーキをかけ、ややドリフト気味に宮入りを果たす。
「む、む、むこ…どの……?」
軟弱にもシヴァロマの肩の上でへろへろと震えるタカラ・シマを睨みつけた。
「どこだ」
「はい?」
「貴様の部屋だ」
「………」
タカラ・シマは震える指で上を指した。ゆえに階段を跳躍して昇る。タカラ・シマがまたも悲鳴を上げた。周囲も上げた。上げるほうが普通の感覚だが、その時のシヴァロマには「喧しい連中だ、騒乱罪で逮捕してやろうか」としか考えられなかった。
ちなみにシヴァロマの側近もいたのだが、未だ宮殿に到着出来ていない。出来るはずがない。
三階までの行程を四歩で済ませ、奥の角部屋らしいタカラ・シマの部屋を蹴破って押し入った。
王子の部屋にしては、質素なものだ。むろん、家具はそれなりに高品質だったが、美術品の類はない。必要最低限といった程度だ。
王族のくせにシングルのベッドで寝起きしているらしい。シヴァロマはタカラ・シマをその寝台へ放り投げた。
「ひぇえ、婿殿待って……まだ色々準備済ませてないですから、ていうかお道具もなくて……嘘でしょ!?」
何も嘘ではない、真実で、現実だ。
千年桃花の着物だと? ふざけた事をしやがって……はっ倒してくれようかこの野郎。脳内がデオルカンと同調しつつある(※デオルカンの名誉の為に言えばデオルカンはこのようなことは考えない)。やはり血は争えぬか。
帯を引き裂き下着を破り捨て、着物に袖を通したまま裸体を晒すタカラ・シマの肌に手袋を外してそうっと触れてみた。
指先からじわりと嫌な感覚が奔る。やはり、タカラ・シマ相手でも不潔さを感じる。とくに今の彼は冷や汗でじっとりと濡れていた。
だが、それがどうした。
不安がって腰の逃げるタカラ・シマの二の腕を掴んで肩を齧り、不道徳な腿の付け根を揉みしだく。
その間、シヴァロマが蹴破り大破した扉には衝立が置かれていたが、シヴァロマの知るところではない。
「ああ、いやっ……」
どうしてかタカラ・シマが抵抗を始める。それが腹立たしくもあり、煽られもする。
とにかく出会ってすぐさまぶち犯す所存だったので、潤滑剤は携帯していた。ゴム? なんだそれは美味いのか?
潔癖がなんだ。潔癖が怖くて警察やれるか。シヴァロマは潔癖だが汚れを恐れない。そんな弱点を抱えて犯罪者と戦えるはずがない。ただ少しかなり大分とても凄まじく嫌だというだけの話だ。
例の調教装置のおかげで赤く熟れたけしからん乳首を思うさま舐めしゃぶり、性急に潤滑剤のボトルの先を足の間にこれでもかとかけ、ぐっちゃぐちゃに濡れそぼった性器に触れてさすってみた。
「あっあ、ああっ」
胸を吸い、弄りながら性器を愛撫すれば、すぐに達して潤滑剤と精液が溶け混ざってわからなくなった。
膝裏に手を差し込んで(手がぬめって掴みにくい)局部を露わにする。
てらてらと光るアナルがきゅうっと怖がるように窄んでいた。
「むこど…むこどのっ……らんぼうしないで、お、おねが………」
いつものシヴァロマであれば、タカラ・シマの泣きそうな顔は罪悪感で胸が締め付けられるはずなのだが、この時は完全に理性が飛んでいた。
片足だけ上げさせた姿勢でぬぐぬぐと指をさしこみ、具合を試す。どれほどタカラ・シマが指を追い出そうと締め付けても、潤滑剤の魔力には敵わなかった。
すぐに指は三本ほども受け入れるようになり、シヴァロマは張り詰めた自身を一気に突き入れた。
「うっ……ぐぅ」
苦痛のうめき声がタカラ・シマの喉から漏れる。そのまま動かしても暫くは苦痛の悲鳴を上げていた。それさえ、今のシヴァロマには快楽のスパイスでしかない。
しかし、一度は即席性奴隷調教を受けた身。すぐに順応してシヴァロマの背を引っかきながらもがき喘ぐようになる。
「んあぁんっ、むこどの……むこどのっ…あひ、あ、ああぁん、あ…っ!」
アダムアイルの規格外サイズのペニスは簡単に小柄なタカラ・シマの直腸の奥にある秘所を暴いて抉りつける。抱えた足は暴れ、つま先がきゅうと丸まって快楽を主張した。
シヴァロマのほうはといえば、潤滑剤が溢れて滑りが良すぎるあまりに快楽をうまく得られず、遮二無二腰を動かしていた。可哀そうなタカラ・シマはおかげで何度も何度もドライオーガズムを経験し、声が枯れるまで泣き叫び、シヴァロマに犯され続けた。
「――――婿殿! それ以上は息子が死んじまう!!」
義父となったカサヌイ・シマの叫びではっと我に返る。
のろのろと首を動かして視線を落とした先には、タカラ・シマは何の反応も返さずただ揺さぶられるがままになっていた。
*
タカラ・シマが治療室へ運ばれ、シヴァロマは洗浄ポッドで身を清めてから少し。
あの、壊れた人形のようになってしまった姿が脳裏から離れず、祈るようにして時が過ぎるのを待っていた。
「いやあ、びっくりしました」
案外と平気そうな顔で帰って来た時には、反動で殴り倒しそうになったものである。
ここは、客用に作られたという宮の離れ。
朱塗りの御殿とは違い、素朴な木造の美を追求した屋敷で、昨今の宇宙ではまずお目に掛かれない見事な花や獣の木細工が柱などに散見される。
縁側に置かれたカウチにいたシヴァロマの隣に腰を下ろし、タカラ・シマはにこにこしている。
「何がそんなに嬉しい」
「ええ? だって婿殿がDスーツなしで抱いてくれましたし、あんなに余裕なく俺を求めてくれたんだなって思うと、もしかして俺、愛されてる? って」
愛?
とんと縁のない単語だ。好悪ですら、シヴァロマにはよくわからぬというのに。
「それにね、案外、平気だったから。ううん、婿殿だからかな」
「なんだ」
「俺ね、むかし、海賊に凌辱されたんですよー」
覚えていたのか……
あまりに何でもない風にふるまい、助けたシヴァロマにも何も言わぬもので、てっきり幼さと事件のショックで忘れ去っているものと思った。
シヴァロマも最近までは忘れていたが、タカラ・シマと結婚するにあたって過去を洗い、そして思い出した。あの小さな小さな痛ましい被害者と、図々しいほどふてぶてしいこの男が重ならなかったのだ。
しかし、よくよく思い返すと海賊どもの性器を食いちぎって回ったらしいので、やはりタカラ・シマは幼くともタカラ・シマだったのだな、と今なら思う。
「こんな俺でも、それなりにトラウマがあるみたいで、今でも棒状のものを口元に持ってこられると、ダメなんです。婿殿はイラマチオとかしないから大丈夫でしたけど」
けたけた笑うタカラ・シマは、先ほどの出来事をなかったことにしようとしているようだが。
「……許されたいとは思わない」
シヴァロマは覚悟をしていた。あれは、例え夫婦間であっても許される所業ではなかった。シヴァロマともあろうものが、なぜああまでととち狂ってしまったのか、理解に苦しむ。
(なぜ、俺は……)
隣で笑うタカラ・シマ。この男は、このように笑っている姿がよく似合う。それなのに、どうしてあんな顔で泣かせられた? どうしてそのくるくると志摩の四季よりも変化に富む表情が消えて失せるまで犯すことが出来た。
「俺は自首しようと思う」
「はあ!? いやいや、あれは和姦ですって。聞いてましたか? 俺、嬉しかったんですよー」
「そういう問題ではない。規律は、規律だ」
「規律だっていうなら、和姦で自首してきた男がいたとして、婿殿はどうしますか?」
それはもちろん、追い返すが。追い返すけれども。
「だが、このままでは俺の気がおさまらぬ」
「そこまで仰るなら……うーん。そうだなあ、キス、してみませんか?」
「なに?」
「キスです。唇と唇を合わせて」
「あの、数百種類の菌が蠢く粘膜と粘膜を合わせるアレか?」
「そういわれてしまうと、アレなんですけども……」
苦笑しながら、タカラ・シマは庭木の下に積もる葉を指さした。
「あの中には大量のダニがいます」
「ぐぬう!!」
「ダニは、葉を食べて分解し、やがて土にするのです。土から植物は生まれ、その植物を動物が食む……水も似たようなものです。ダニは星の清浄者なんです。決して汚いものなんかではないんですよ」
シヴァロマは、いや現代において殆どの人間は人工整備された建物の中で育ち、生涯の殆どをそうして過ごす。殺菌消毒は当たり前のことで、それが清潔であるという認識がぬぐい切れない。
志摩のような保養惑星では、いやかつて人類が住んでいたテラでは、天然の分解者がすべてを循環させることが当たり前だった。それこそが、志摩こそが自然としてあるべき姿なのだ。
「掌にも菌はいます。いるべくしています。俺たちを守ってくれているんです。あんまり嫌わらないであげてください。人間と人間の間に本物の愛は存在しないかもしれないけど、この子たちだけは間違うことはあっても絶対に裏切らない」
シヴァロマは己の手を見つめた。この手が菌に塗れていることは知っている。あらゆる皮膚、あるいは体内にも菌はいる。
他人のそれが嫌だという感覚はあった。
しかし、それらがタカラ・シマを、この妻を守ってくれているのだと思うと、急に感謝の念のようなものが沸いてきた。
「キスを、するか」
尋ねると、タカラ・シマは頬を染めて頷いた。夕日の赤色を吸ったような色であった。
シヴァロマはごく自然に、嫌という感情もなく、タカラ・シマの柔らかな唇を味わった。
*
月日はあっと言う間に過ぎ、志摩でのひとときは夢の泡のように消えていった。
滞在中、挙式の時にはまったく眼中になかった志摩の美しい景色を妻と共に堪能し、行く先々で体を重ね、口づけをして、体温を分かち合った。
タカラ・シマに教わった。このことを愛というのだと。触れ合い、寄り添い、胸が熱くなるこの感情が愛なのだと。
「ずいぶん腑抜けた顔になって帰ってきやがったな」
皇軍警察を預かっていた双子の弟に揶揄われても調子が出ない。
久方ぶりの軍用マントを重く感じながら、シヴァロマは双子をぼんやりと見返した。
「デオルカン。皇族をやめるにはどうしたらいいんだろうな」
「はあ? アダムアイルは死ぬまでアダムアイル、やめられるもんかよ」
「ならばせめて、皇軍警察を辞したい。幼少期からやっているんだ、もうよかろう。時間はとれぬし婿に入ったというのに志摩にも行けぬ」
「本気か? 骨抜きにされちまったのか」
なんとでも言うがいい。もはやうんざりなのだ、犯罪者の尻を追いかけて不毛な戦いを続けるのは。
タカラ・シマはヤマト王になると息巻いているし、それを手伝ってやりたい。アダムアイル皇子シヴァロマとしてではなく、ただのシヴァロマになりたかった。
こんな感情は初めてだ。
「いや、いや、いや……せめて次の皇帝が即位して皇子が育つまでは無理だ」
「ならば皇宙軍を俺によこせ。貴様にそのまま皇軍警察を任せる。そのほうが自由が利く」
「冗談じゃないわ。こんなクソな職務やってられるか」
「そのクソな職務をずっと俺に任せきりにしていた貴様が言えたクチか。嫌ならばさっさと即位して子供を作ることだな。
これから陛下に言上してくる」
「ちょっと待てロ……ロマァ!!」
何とも晴れやかな気分だ。清々しい。皇宙軍なら皇軍警察と違って数か月に一度は休みをとれるし、タカラ・シマをヨルムンガンドに誘うことすら可能だ。
愛を知らず、愛を知った皇子、シヴァロマ。
そして彼に愛を教えた王子タカラ・シマ。
彼らの物語は続くが、シヴァロマが愛を知ったところで一応の幕が下りる。
願わくば彼らの愛が永遠のものであることを、千年桃花に祈る。
【第一部 完】
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