2018年4月5日木曜日

 ところがだ。
 たかが三ヶ月、常のように流星のごとく過ぎ去ると疑いもしなかったシヴァロマは、生まれて初めて時の流れの遅延を感じていた。
「シヴァロマ皇子、犯人の声明文です!」
「人質の無事は確認されません。敵の数はおよそ数百名、最新鋭銃火器を装備しております」
「ご指示を!」
 複数の回線からの報告を聞きながら、シヴァロマは虚空に浮かべた仮想パネルを忙しく操作し、各陣営に指示を送る。
 何やら腰が重く、前頭葉のあたりが朦朧とする。体調管理を怠ったのか。いや、そんなはずはない。母妃のことは今でも憎悪しているほどだが、それでも健康に関する教育だけは感謝していた。

 本陣から見える位置に火の手が上がった。モニタを移すと二足歩行軍事モビルギアが数機、テロリストの立てこもる大使館の前から光線兵器で周辺を薙ぎ払っている。
(軍事用モビルギアだと?)
 一体どの経路から流出した。
 いや、それより対策を。この展開は予測していなかった。まさか、このシヴァロマがミスか。いや違う、万が一に備えて装甲モビルギアを後方に配置していた。火器を外して前線へ置き、トーチカに。
 その指示操作の片手間に、シヴァロマは皇族専用ポートを空けて緊急連絡をかけた。

『なぁにぃ、アタシ今忙しいんですけど?』

 気怠げな声で応答したのは長女クラライア。アダムアイルが誇るゴリラ皇女である。
 彼女は何処ぞの寝室で下着一枚。ボコボコした筋骨隆々の足を晒し、同じく下着姿の黒い肌の女を抱いていた。
「クラライア! テロリストが軍事モビルギアを所持しているぞ。陸軍を回せ!」
 罵声が爆音、轟音に霧散しそうになる。皇軍警察はあくまで警察だ。戦争をするために存在する訳ではなく、陸軍(惑星で戦闘を行う軍の総称で、陸空海を兼ねる)の装備には敵わない。
『あらら、だいぶ困ってるみたいね。いいわ、その星系に駐屯する陸軍を回してあげる。でも、もう邪魔しないでね。見ての通りお楽しみ中なの』
『まあ、弟君ですか、皇女』
『そうよぉ、ヴィーヴィー。ご覧なさい、あの固めたような眉間の皺。あいつそのうち絶対ハゲるわ』

 余計な世話だ。
 嫁ぎ先の王女の額に口づける姉に苛つきながら、通信を切った。
(タカラ・シマめ!)
 なぜか怒りの矛先が伴侶へ向かう。
 やけに重装備のテロリストへの怒りも、軍事兵器が漏れたことへの怒りも、クラライアが女と乳繰り合っていたことへの怒りも、タカラに集結する。
 オリエントの王女ヴィーヴィーは、恥ずかしげもなく艶かしい脚をクラライアに絡めて甘えていた。あの女などどうでも良い。しかしあの、足の動きを見た瞬間、タカラ・シマが妖艶に微笑みながら己へ足を絡めるイメージが湧いた。あの男、この非常時にも邪魔だてするか。

 大体、昨日の晩もだ。付近の市街が炎に包まれる。昨晩、あの男は勝手に人の夢の中に現れ、事もあろうに見知らぬ男に抱かれてヨがっていた。トーチカが一つ吹き飛んで、空高く舞う。
(配置、迂回路から特殊部隊ステルス潜入準備。火器が足らんっ、通報では数十名だったはずが何処からこれほど増えた? 装備もだ!)
 テロリストはかなり計画的に犯行に及んだのだろう。大使館に装備とモビルギアを隠していた。そうとしか思えない。ということは政府側に手引した者がいたという事実に繋がる。
 そもそも、この星の自治軍はどうした? なぜ応援に来ない?

――ぁぁ、ん……婿どの…………

 なぜこんな時に夢の内容が脳内でリフレインする!!
 どこの馬の骨とも知れぬ男に抱かれながら、シヴァロマの名を呼ぶな! あの男が悪いのだ、専門の者に頼むとか何とか下らぬことで耳を汚すから―――!
「デオルカン、貴様も来い!! この星は内部分裂を起こしたのかもしれん、これは事件ではない、戦争だ!」
『おお、なかなか派手な戦場じゃねえか。こりゃ楽しめそうだ』
『ロマぁ、データ採りたいんで実験中の軍事用トランスアニマルそっちに送っていいですかぁ』
「急に割り込むな、アーダーヴェイン! 好きにしろ、但しトランスアニマルの命の保証はしないっ」
 これで戦力は確保出来た。
 とはいえ、陸軍の応援も宙軍の到着も、少なくとも今日ではない。あと数日は軍警察のみで持ち堪えねば。それも、全軍ではない。ほんの十分の一だけで、だ。全軍を投入しては他地区の治安を維持できない。
 シヴァロマの長い一日が始まった。

『婿どのっ! ご無事ですか、何か志摩に出来ることは!』
 硝煙と建築材の焦げた匂いが漂う戦地の本陣で、いつも通りの時間に通信をかけてきたタカラ・シマ。
(もう、夜明けか)
 戦況に神経を集中させていたシヴァロマの緊張の糸が、タカラ・シマによって途切れた。どっと疲れが全身を襲う。
「………俺は、無事だ。此処はヤマトから遠い、志摩宙軍はあくまで自治軍だ。貴様の裁量で軍を寄越してみろ、指導能力欠如と見做し、貴様を廃嫡させてやる」
『私軍なら問題ありませんね』
「まあ、私軍であれば……しかし」
『微力ながら助太刀させて頂きます。ご武運を!』
「………」
 敬礼だけは、一人前だ。
 何やら腹の裡、横隔膜だろうか。そのあたりが、痒い。神経痛か? 痛むほどではないが、もやもやする。肋骨付近が締め付けられるような、妙な感覚だ。
(タカラ・シマめ……)
 毒づきながら、浮かんだのは笑みだった。

 戦況は悪い。敵は宇宙から人員と装備を送っている。ヨルムンガンドが補給をある程度潰しているが、星の裏側にポッドを落とされると、もうどうしようもなかった。おそらく大使館には地下道がある。その捜索もさせているが、まだ見つかっていない。絶望的に人手が足りないのだ。
 いくらなんでも、辺境の星のたかか数十名だったテロの通報で誰がこんな展開を想定する。ほんの数時間で駆けつけただけでも表彰ものだ。
(軍事用兵器といい、何か大きな母体がある。軍警察本部からの連絡はない。情報を掴んでいないのか。どういうことだ? だとすればもしや、敵性エイリアンか)
 理屈に合わぬことが多すぎる。こういう時は大抵、人外生命体の仕業だ。ここまで大規模なのは近年なかった。
「殿下、ここは一時撤退を……」
「しかし、どう離脱する! 大気圏内でヨルムンガンドの支援はないぞ!!」
「特殊部隊が殿下の盾になります。殿下は皇帝となられる御方、我々はそう信じております。このような場所で御身を散らすなど、あってはなりません。令夫人も悲しまれます」
(死ぬ? 俺が死ぬだと)
 兄弟とやりあって命を落とすならとにかく、辺境のテロリストに敗れて死ぬ。

 まだ、タカラ・シマをこの手で抱いていない

 シヴァロマは常に全力を尽くす。故に過失があっても後悔はしない。
 だが、今、彼はどうしようもない後悔に襲われていた。なぜ、初夜のあの時にこの手で、何も覆わぬこの手で、あの肌を触れておかなかった。いつ死んでもおかしくないこの身の上で。
 部下がそこまで思いつめている事実、タカラ・シマに触れたいという欲求が自身にあるという事実に愕然とした。
「……撤退はせん」
 シヴァロマは愛銃を担ぎ、臨時司令塔装置から降り立った。
「ヨルムンガンドまで戻れる保証もない。この星を占領されれば後が厄介だ。せめて陸軍の応援が来るまで持ちこたえるぞ」
「はっ」
「随伴モビルギアを寄越せ。突入して敵兵器の数を削る」
 それが出来れば、暫く耐えられる。それが出来なければ、援軍が来るより先に消耗によって全滅する。ここが正念場だ。

 と、本陣付近の上空から青いレーザーが降った。まさか、衛星兵器か。ヨルムンガンドが破壊されたとでも?
 しかし、それは攻撃ではなかった。光が失せると共に、三体の丸いフォルムの蜘蛛型モビルギアが、足を上げて立つ。
 兵装は見えぬが、何だ? 敵か? もしやエイリアンの手先か。
 モノアイの中央に赤い点が灯り、モビルギアはぎゅるぎゅると首を回す。
『……ザ…ザー、あれ接続…おかし…婿どの、いますー?』
 不明瞭なノイズが晴れるころ、モビルギアはアームをぴこぴこさせながら左右に揺れた。このアホな動作。その発言。
「タカラ・シマか?」
『はいあぃ、タカラ・シマでございます』
『此方はカサヌイ・シマでござい』
『ナナセハナ・シマですぅ』
 他の二体までもが上下に身を振って踊りだした。援軍とは、まさかこれか。あれから大して経過していないのに、一体どうやってこんなものを……

『実は婿どのと結婚してから、思うところありまして、各星系の衛星バンクに遠隔操作モビルギアを預けていたんです。こうしておけば、婿どのに何かあってもすぐに駆けつけられるなーっと。早速役立つとはさすが俺』
『具体案は俺がしたんだがな、ガハハ』
 無能で有名な当主が自慢気に身を揺らす。
 しかし、衛星バンクになど兵器を預けられる訳がない。そんなことが出来ればテロリストが無限増殖する。従って、志摩親子がよこしたモビルギアも、ただ遠隔操作が出来るだけの鉄くずである。
「何をする気だ、そんな装備で」
『何って、あはは……婿どのったら疲れてるんですか?』
 確かに疲れた。貴様のせいで疲れた。
 駆動音を響かせながら、タカラ・ギアはモノアイを点滅させる。
『ヤマトが誇るウィッカーが三名、援軍に来たんですよ。もっと歓迎してください』
「……!」
 どうやら本当に半分眠っていたようだ。
 シヴァロマは部下を振り返り「ただちに随伴モビルギアを!」と指示する。
『ご覧のとおり、このモビルギアは遠隔操作ができて仮想次元を展開するだけの貧弱な装備です。さほど良い材質でもないので、走っているうちに関節が熱ダレしかねません』
「なぜそこで予算を削る」
『俺のポケットマネーじゃこれが限界だったんですよ!』
 全星域に配置するなら、王子の財力では無理がある。この短期間でよく用意したと褒めるべきだろう。無事に帰れたら、整備しなおしてやると心に誓った。

 トーチカを盾に気張る前衛部隊の背後に回り、現場から様子を伺う。
 殆ど廃墟と化した大使館の前には、三体の二足歩行ギアが見張りに立っていた。裏側にもう四体いるという情報をオペレーターから受信する。もうエネルギー残量もないのか、派手な掃射はしてこない。
『突っ込んでください、婿どの。何があってもお守りします』
 心強い言葉だが、シヴァロマは志摩の文化財どもに何が出来るのか、把握しきれていない。味方の装備を確認しきれぬ戦は怖いものだ。
 しかし、ウィッカーの能力を今ここで悠長に聞いてはいられなかった。
「信じるぞ、タカラ・シマ!」
『どーんとお任せくださいっ』
「………」
 シヴァロマは奥歯を喰いしめた。
 ああ、本当に、本当にこの馬鹿者は……


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 シヴァロマは遮蔽物から無反動砲をぶちかました。一体の脇腹に活性酸素弾が炸裂し、機体が崩れる。敵機は倒れながら滅茶苦茶な方角に熱線を流した。付近の建物が一条の線を受けて爆発、その瓦礫の真下に味方が一名……
『神火清明、神風清明!』
 戦場に似つかわしくない愛らしい娘の声が何事かを唱えると同時、瓦礫が風に流されるかのように警官を避ける。実際、耳の側をゴッと風鳴が横切った。
『婿どの!』
 促され、シヴァロマはトーチカから躍り出た。一箇所にいては集中砲火を食らう。トーチカも最早もたない。
 味方が攻撃されてすぐに、他二体がレーザー砲を撃っている。その切れ間を狙ってトリガーを引くが、どうも狙いが定まらなかった。
『婿さまっ』
 ナナセハナ・ギアが横から襲うレーザーの前に立ちふさがり、円形のバリアを展開する。
 しかし、そこは安物のモビルギアである。
『あきゃあっ!?』
 熱で関節が溶け、無様に転がり落ちてしまった。最強の盾が早くも脱落。
『天切る土切る八方切る、天に八違い土に十の文字! 吹っ切って放つ!』
 いつか、アジャラに襲われていたタカラ・シマが唱えていた呪文を、今度は父親が唱えた。
 シヴァロマが仕留め損ねた半壊ギアが衝撃を受けて大使館の壁に激突した。しかし跳ね飛ばされながらカサヌイ・ギアに向かって熱線を発射、父親のモビルギアは原型すら失う。
『ひふみ よいむ なや ここのたり』
 父親とほぼ同時に詠唱していたタカラ・ギア。じゃっと車輪を滑らせながらシヴァロマの側についた。
『ふるべ! ゆらゆらとふるべ! 八握剣(やつかのつるぎ)!!』
 彼の言葉に反応したように、大地が震える。耐熱舗装路が地割れし、そこから巨大な刃が現れて三体目を串刺しにした。
(実像を伴う……?)
 シヴァロマは目を疑う。ウィッカーの力はおしなべて不可解なものだが、その中でも実像を伴うものは稀だ。ないとは言わぬが、あまり大規模なものは不可能らしい。
 ナナセハナのようにバリアを操る者は、他星系のウィッカーにもいる。念動力を使う者もいる。
 しかし、このような実像を伴う何かを呼び出すウィッカーは、他にいるのだろうか。まるでこれでは、魔法ではないか……
『婿どの、前門をクリア! 撤退を!』
 タカラ・ギアの声で我に帰り、シヴァロマは銃を構えながら後退した。

 その後、タカラ・ギアはシヴァロマを護衛してヨルムンガンドまで送り届けた。やがてもう一隻のヨルムンガンドがドッキングし、世界蛇は双頭となる。
「けっきょく、クラライアは来なかったのか」
「あの女にとっては、貴様を始末できる絶好のチャンスだ。何処かで高みの見物をしているだろうよ」
 戦場を求めて高揚している双子の弟の見解に溜息つく。無論、彼に対してではない。
『婿どの……』
 アームの先を突き合わせ、もじもじするタカラ・ギア。それにしても、このような低予算でよくこれほど多彩な動きが出来るものだ。
 シヴァロマは彼に改めて向き直った。
「命拾いをした、タカラ・シマ。礼を言おう」
『! あ、そんな。お礼なんて……えへ、うへへふひひ』
「………」
 シヴァロマは知らぬ「タカラが言われたい台詞ランキング一位」という地雷を踏み抜いたことにより、タカラ・ギアが気色の悪い笑い声をたてながらヨルムンガンドの床をローリングする。
 そんな彼を爪先で止め、デオルカンが愉快そうに覗きこんだ。
「こいつがタカラ・シマか」
『わっ! ……デオルカン様? うわわ、顔近いです近いです』
 小娘のようにモノアイをアームで覆って転がる蜘蛛型モビルギア。だから、なぜそのモーション性能の予算を素材に回さなかった。
「双子が世話になったな。こやつに恩を売ってやろうと思ったんだが、貴様のせいで台無しだ。賠償しろ」
『えぇ、賠償すか?』
「その者の言葉を本気にするな」
 呆れつつ、シヴァロマは横転するタカラ・ギアを捉えて自立させ、モノアイを睨むように覗きこむ。
『えっ、あっ、婿どの、顔が近……』
「重ねて礼を言う。よくやった。大した手柄だ、タカラ・シマ」
『わわ』
 タカラ・ギアはバタバタとアームを動かし、シヴァロマの手から逃れる。
『うっ、そんな褒められたら俺』
「……なぜ泣く」
『お、おお俺、もう帰ります』
 返事も待たずにタカラ・ギアは性急にシャットダウン。惜しむ間もなかった。

「………」
 光の消えたモノアイを眉を顰めて見下ろしていたが。
「あと二ヶ月か」
 思わず呟き、それを笑った双子の弟を鋭く睨んだ。

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創作:竜屋

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