中央皇星は文字通り人類の心臓とも言える重要な行政惑星だ。此処にあるのは宇宙ステーションと一般用ホテル、宿泊施設としての宮殿、アダムアイルに仕える使用人の住む邸、各軍事施設、そして皇帝陛下のおわす帝宮と、それを囲うように建つ各星系の城の他は存在しない。せいぜい、それらを維持するための上下水道施設やエネルギー貯蓄システムくらいのものだ。
一般人が此処に訪問するのは、皇星を経由して他の星系に行く場合。高価なワープ装置の問題で皇星を中心に展開されているためで、一般人はステーションとその周囲のホテル区画から外へは、決して出られない。テロ対策で天井までぶ厚い装甲で覆ってあり、宮殿をその目にすることさえ適わないのだ。
志摩王族であるタカラさえ、この先までは見たこともない。いつもこのステーションで商いをし、観光客を拾って志摩へ帰るだけだ。
フロートライナーから降りた少年兵たちは、志摩にあてがわれた客用宮殿に歓声を上げた。まるで修学旅行の様相である。
「他の王子さまもここに泊まるので?」
「いや、俺に用意された宮だ。他の王子もそれぞれ別の宮にいるよ」
「ほぇ……」
志摩にも賓客用の離宮はあるが、招待客すべてに宮殿が用意されているとはスケールの大きな話だ。コノイトは豪華なゴシック調の宮殿に目を白黒させている。
「クラミツの招待状も確保出来れば、もうひとつ宮が用意されたんだろうけどなぁ」
「俺ごときの身分で来るか、そんな招待状。俺個人に宮が用意されるなんてぞっとする世界だ。俺には、むり」
「ちびどもー、探検に行くぞ」
頑なに婿とりを拒絶するクラミツを放置して、タカラは少年兵を点呼する。この宮に配置された使用人たちは奇怪なものでも見るかのようにタカラを見送った。
「すげー、トランスアニマルの口から水が出てる」
エントランスの噴水に感心するチビにタカラは苦笑する。
「トランスアニマルじゃねえよ。これは獅子という、テラに生息していた生き物だ」
「遺伝子操作されてないの」
「されてない。ネコ科で、大の大人が四つん這いになったくらいの大きさがある。金色のたてがみを持ち、肉食で、強い。百獣の王と呼ばれるほどの風格を持つ」
「すっげー!」
「はは……近いうち、アヴァロンの動物園に連れてって本物を見せてやる。今回連れてこれなかった奴らも一緒にな」
「やったあ!」
「ほーい、騒がない。次いくぞー」
「若、待って。デバイスに記録して、居残りのやつらにメールする」
「暫く滞在すっから、いつでも撮れる。いいから、おいで」
「…………」
使用人たちが無言でクラミツを見つめている。あれ本当にヤマト文化財の王子ですか? アンタが本物のタカラ・シマじゃないんですか? という目だ。
(あんなんで驚いてたら、パーティー当日ひっくり返るだろうな……)
タカラの「秘策」を知るクラミツは、笑うしかない。
と、庭のほうへ行きかけていたタカラとチビ軍団を、執事が呼び止めた。
「おくつろぎのところ申し訳ございません。お客様がお見えです」
「客? 誰か知り合い参加するっけ」
タカラが首を傾げると、執事が客の名を告げる前に「我ね!」という甲高い声が響く。
「タカラ! 久しぶりよ!」
独特の訛りで叫ぶ高慢そうな少年が、招かれる前に付き人をぞろぞろ連れて宮へ押し入った。コンロン風のヒラヒラビラビラした華美な衣装を纏い、長い髪を頭の上でハート型に結っている。
タカラは笑顔で子供らを振り返り、
「あれは飛仙髻って言う髪型なんだぞ。珍しいだろ」
「へー」
「子供に珍獣紹介するのと同じ口調で解説するのはやめるね!」
「ひさしぶりー、なんだっけお前、こ……こちゅじゃん?」
「コウ・玉林(ユーリン)ね!!」
そう、コンロン星系は玉林の王子、コウ・ユーリンだ。昔から女みたいな顔と派手な着物だと思っていたが、なるほど婿とりの為に育てられた息子らしい。気付かなかった。
コウ・ユーリンは毛が生えた扇子をタカラに突きつけ、
「タカラ! お前にだけは負けな…い……ょ……」
宣戦布告の言葉が徐々に尻すぼみになる。というのも、いちおう若の護衛名目で付き添うクラミツが、部外者の登場でタカラの側に寄ったからだ。
コウ・ユーリンはのけぞった。
「何ね! このアホみたいに美しい男は!」
「はっは、そうだろうそうだろう、うちのクラミツは皇子さまどころか皇帝陛下も落とせそうなほど美しいだろう」
「ぶっ殺すぞコノヤロウ」
「低い! 声が! 何処から出てるね!?」
牛若丸もかくやという美貌にバトー=サンの声音。このギャップが却ってウケると、タカラは睨んでいる。
「こ……こんな隠し玉を持っていたとは」
たっぷりした袖で口元を隠しながら打ち震えるコウ・ユーリン。彼は側人の一人、コウ・ユーリンと年かさの少年を振り返る。
「ロウホ! お前、今からでも整形するね! 傾宙の美貌になるね!」
「見初められても整形者は婚約破棄になるかとー」
「バレなきゃ犯罪ないよ!」
大声で自らの犯行を喚いている時点で、無理かと思われる。
コウ・ユーリンはもう一度クラミツをちらと見、顔を歪ませた後、
「お……お、覚えてるがいいね!!」
叫んで、逃げ帰った。
そんなコンロンの王子を、タカラは目を細めて見守った。
「相変わらず微笑ましいな、コシアンは」
「コシアンじゃなくてコウ・ユーリン様だろう」
「ほんの子供の頃に会ったきりなんだが、よく俺を覚えてたよ」
あれはまだ、シヴァロマ皇子に出会う前、タカラが六歳か七歳で、コウ・ユーリンは五歳だったはずだ。
今にして思えば、カサヌイは知人の王に会いに行ったのだろう。一家は半年ほど玉林の城に滞在した。
幼いコウはちまちまとタカラの後をついてきて、
「何してるね」「どこいくね」
つっけんどんに睨むのだ。
遊んで欲しいのかと構おうとしても、
「触るないよ!」
猫が毛を逆立てるように怒るのだ。それでいて、いつまでも後をついてくる。
ずっとその調子だったのでまともな会話もないままだったのだが、いざタカラが帰るとなると、
「二度と来るないよ、ばかぁー!」
べそべそ泣きながら叫んでいた。
「かっわいいよな」
「そりゃ可愛らしいな」
幼い頃そのままに育ってしまったのが、またなんとも。
「あれもウィッカーなんだよ。百歌仙と呼ばれるコンロン文化財の一人だ。ただ、恋占いに特化している」
「ああそれは……儲かりそうだな」
「実際、玉林はコンニャクのおかげでかなり潤ってるはずだ。俺もそんな金になる能力欲しかった」
コンロン百花仙というブランドもあり、あの性格と血筋であの顔なのだから、タカラよりよほど皇子の目に留まる確率は高かろう。なにも目の敵にせずともよかろうに。
――― 一連のやりとりを目撃した使用人たちは「王子という生き物はこういうものなんだ」と納得していた。概ね、間違いではない。
足を踏み鳴らしながらあてがわれた宮に帰ったコウ・ユーリンは部屋につくなり付き人のロウホを睨んだ。
「ロウホ! 参加者のデータを洗うね!」
「はいはぁい。三分お待ちくださいね」
「遅い! 一分でやるよ!」
「はぁい」
ふにゃふにゃした糸目のロウホは、仮想パネルを呼び出して操作を始める。文化財ではないが、ロウホもウィッカーの端くれである。情報収集に長けており、コウ王子に拾われねば軍警察にでも使われていたろう。
コウ・ユーリンの占術は、対象の詳細データが必要となる。それで重宝されているのだ。
「出ましたよぉ」
極秘事項である婿入り先探しの候補者リストを並べたて、パネルをコウの前に流した。
「やっぱり有力候補はタカラ・シマ様やコウ様ですね。ウィッカーで王子なのはあなた方お二人だけです。美貌と血筋、それからお父上が良き指導者となると、ニヴルのオリヴィア王子とか、アヴァロンのベネディクト王子とかですかね」
「有力候補の中で見劣りするのは、タカラ? でもあのダークホース、侮れないよ。あの男が見初められれば、あの男を養子に出来るね」
「いや、見劣りするのしないのではなく、タカラ様こそ本命でしょう」
「どういうことね!」
「コウ様が参加されるので、私なりに調査したのですがー」
「お前はやれば出来る子!」
「どういたしまして。つまり、このパーティーで注目されるのは、美貌なんか二の次三の次ということです」
「どういう意味ね。招待された以上、血筋も財力もある有力な家の王子ばかりのはずよ。あとの基準なんか、美貌くらいのものね」
「過去の婿入り先探しで最も重視されたのは、その家の将来性なんです」
つまり、父親やその星の事業、または本人に伸びしろがあるか否か、が皇子が選ぶ基準なのだ。
これは政略結婚だ。シンデレラストーリーではない。たとえシンデレラが宇宙一美しかろうが、アダムアイルの皇族は彼女を選ばない。実家に力がないからだ。
「そこを行くと、タカラ様は幼い頃から家を切り盛りして、数々のブランドや企業を起こして志摩を発展させてきました。名のある海賊を何人も討ち取っています。ヤマトの実験施設を壊し……たのはお父上ですが、子供たちの里親を探し、残りを引き取った話は美談として宇宙中で噂されました。あの方、すんごい知名度高いんですよ」
「……だから嫌いね!」
コウは吐き捨てた。
「あいつ何でも出来るから!」
「ご当人の能力は、ウィッカー能力はとにかく、知能指数も身体能力も容貌も王族の中では平均程度なんですけどね。確かに器用な人ではありますよ」
思い出すのも腹立たしい、幼いあの日……
ヨソモノが玉林をうろうろするので、コウはタカラを見張っていた。きっとあの男は何かしでかすに違いないと、コウは読んでいた。
ある時タカラは妹と蓮華畑に蹲り、もくもくと何かしていた。きっと呪殺の準備に違いない。
やがてあの男は編んでいた花の冠を置き忘れて、帰っていった。
「作ったものを忘れるなんて、どじな奴よ!」
せっかくだから貰っておいた。花の冠は子供が作ったとは思えないほど丁寧な仕上がりで、あの男に罪はあっても花に罪はなく、捨てるには勿体ない。
持ち帰ったそれを、夜に部屋でこっそり被ってみると、
「あっ!」
部屋の扉からそっと覗うタカラ・シマ。と妹のナナセハナ。彼らは顔を見合わせてぐっと指を突き立てる。
花の冠を盗み、しかもそれを嬉々として頭に乗せた姿を見られたコウは、屈辱のあまり大声で泣いた。
「どうしたねコウ!?」※父王
「あーあー、タカラ、小さい子いじめんじゃねえよ」※カサヌイ
「いや、なんか花冠をプレゼントしたらすっげー泣かれた」※タカラ
「あらまあうふふ、あの子ったらよほど嬉しかったね」※母妃
という外野の会話が聞こえぬほど泣き明かし、コウはいつの日かあの男を辱めてやる、と心に誓った。
ちなみにこの誓いは、タカラ誘拐の速報を聞いて撤回している。彼はタカラが救出されるまで夜も眠れずに心配し、十分おきに乳母にタカラがどうなったかを尋ね、無事が確認された時には安堵のあまりギャン泣き。今では一連のことを認めたくないあまり、忘れてしまっているが。
「あのコウ王子、すっごく微笑ましい思い出のようなんですがそれは」
「それだけじゃないね! あの男に与えられた恥辱は!」
思い出すのも辛い。あの日、あの男が玉林を出る前日の出来事は。
自分に課せられた最後の任務|(※彼の中ではストーキングが任務にまで発展していた)を遂行するため、その日もコウはタカラを尾行していた。
といっても城の周辺をぶらぶらして帰るだけだ。毎日、タカラとコウはそれを繰り返していた。違いはたまにナナセハナが同行するか否かで、飽きもせず二人はスパイごっこと、スパイに追われるスパイごっこをしていた。
明日からあの騒がしい一家がいなくなる……と思うと、
(せいせいするね!)
と自分を納得させようとするコウだが、内心は寂しくて仕方ない。ときおり泣きそうになるのをこらえていると、
「あっ」
転んでしまった。
城の周辺は衛星が王子二人を監視しているため、邪魔な護衛はつけられていない。コウの親は、可愛い我が子のささやかな遊びを妨げるような真似をしたくなかったのだ。
しかし、コウは甘やかされて育った身。転んだ時、周囲に誰もいないなんて、みな何をしてるね! と憤慨した。憤慨が涙になって表れる。
「う、うぅ…ひっく」
蹲って泣くコウの元へ、振り返ったタカラ・シマが寄ってくる。
「な…なにしにきたねっ、笑いにくるないね!」
「いーから、膝っこぞ見せろぃ」
遠慮なくコウの着物をたくしあげるタカラ・シマ。思わず「無礼もの!」と叫んだが、タカラはまったく意に介さなかった。
「うむち、はるち、つづち」
訳のわからぬ呪文を唱え、タカラ・シマはぱんぱん、と手を二度叩く。目の前でやられたので、殴られるかと驚いて身を竦ませた。
「ひふみ よいむ なや ここのたり ふるべ、ゆらゆらとふるべ―――いくたま、まがるかえしのたま」
「!」
開いたタカラの手に、二つの宝玉が現れた。
その宝玉は僅かに輝くと、陽炎のように歪んでコウの傷に染み込む。驚くことに、その現象が終るころ、コウの膝はつるりとした新しい皮膚に変わっていた。
「あんな高度な技術を見せつけて! 自慢されたね!!」
「いや、怪我治してくれたんじゃ」
ロウホには、コウが何を根に持っているのかさっぱり分からない。おそらく、コウにも分かっていないだろう。
「大体、コウ王子の能力も凄いじゃないですか。将来性の点においても、志摩を凌駕していますし……」
なだめると、ようやくコウは「それもそうだたね!」と大いばりで勝ち誇った。
ただ、志摩神道は神道だけでなく、ヤマトの術文化を担うと言う。妹の巫女姫は地鎮や結界保護に長け、タカラはコウに使用した十種神宝(とくさかんだから)布瑠(ふる)の言(こと)を代表する神言に加え、陰陽道にも精通しているという話だ。コウの能力は恋占に限定されているため、多様性に欠けるが――そのあたりのことは言わないでおいた。
そもそも彼らウィッカーと呼ばれる希少人種は、文化の信仰によってその強弱が決まる。
医療と科学の発展により、人間の脳波を増幅させる技術が生まれた。しかし、それはただ脳波を増幅させる『だけ』。彼らの力は仮想次元によって実現される。
いわゆる『ネット』に近い概念を持ち、様々な情報を蓄積するこの仮想次元は、専用デバイスを媒介して実世界に干渉する。仮想次元はあるいは動画を、あるいはニュースを、あるいはメールを人々に届け、目前に立体映像を映し、タッチパネル式のコンソールにもなる。
現在のソフトマテリアルを一手に引き受けるサイバネクティックインターフェイスなのだ。仮想次元は演算機になり、宇宙船やモビルギアなどのシステムにもなる。
その仮想次元に介入するのがウィッカーだ。
ウィッカーが脳波増幅装置によって様々な現象を引き起こすその原理については、まだ分かっていない。分かっているのはウィッカー能力が遺伝しやすいこと、古くから多くの人に信じられたものほど強く発現するということだ。
仮想次元は人々の迷信に強い影響を受ける――メールや通話にニュース、書籍や動画、あらゆる情報がひとつの生き物のように、育つ。
仮想次元の中では、神道や占いなどの現実に「ありえない」ことが、リアルとして存在するのだ。人々が信じる限り。強く信じるものほど。
ゆえにウィッカーは存在する、というのが有力説である。
ウィッカーという呼称はテラでデジタルを思いのままに操った『ハッカー』またハッカーの中でも優秀で、魔法使いのようだと賞賛された者につけられた『ウィザード』、そのほか超能力者『エスパー』や魔女『ウィッカ』などが語源とされている。
(俺にとっては、コウ様もタカラ・シマも化け物みたいなもんだが……)
コウにはああ言ったが、木っ端ウィッカーの端くれであるロウホも戦慄する。
ロウホは仮想次元に少しばかりダイブして、情報を引っ張ってくる、昔ながらのハッキングのような能力しか持たない。そして多くのウィッカーはその程度だ。
若干六歳にして実像を伴う異能など、それこそ魔法使いみたいなものだ。仮想次元はまことに、奥が深い。
「それよりコウ様、そろそろお支度をしなければ」
「そうね、そうだたね。うんとめかしこまねばよ!」
そのように無邪気に笑うコウは大変可愛らしい。これは皇子に見初められぬまま当主になったらどうするのだろう、と心配になるが、まずそれはなかろう。コウなら逆に皇子の間で争奪戦となっても、おかしくはない。
冷血冷徹と後ろ指さされるシヴァロマではあるが、彼にとっても処刑というのは楽しいものではない。
また、彼は逮捕を楽しんでいるとよく言われるが、捕物より捕物に至るまでの捜査のほうが余程おもしろい。難解な事件の犯人が判明した時など報酬系が活発になり恍惚感すら覚える。逮捕劇などそれの後処理に過ぎない。
更に処刑などというのは罰ゲームみたいなもので、どうせ殺すのだから誰でも良かろうにとうんざりする。アダムアイルに嫁を献上するどころか、王位にすら手の届かぬ末端王族の処刑など、マクロシステムで済ませてしまいたいものだ。
「帰ったか、シヴァロマ」
ニヴル宮で昼間から酒を傾ける双子の弟に細い眉を顰め、シヴァロマは舌打ちした。
「暇そうだな、デオルカン」
「暇だ。戦争がしてえ。エイリアンを殺したい」
などとぼやくので、前言は撤回する。皇宙軍はあくまで抑止力。この男が暇なのは宇宙が平和な証拠だ。
ニヴルヘイムに外戚を持つこの双子の兄弟は、顔こそ瓜二つでも見間違えられることはない。性根からくる面相の違いが、あまりにはっきり出ているからだ。デオルカンは野卑さを隠そうともせず、シヴァロマは鏡で見ても神経質そうな顔をしている。自己紹介せねば双子とすら思われぬかもしれない。
「貴様は忙しそうだな」
「雑事が多すぎる。だが、規律は規律だ」
「規律、規律、規律……」
度の強い酒をボトルのまま煽り、ソファに寝そべるデオルカンは足を組んだ。
「即位すれば、横で規律規律と貴様に喚かれるのか。鬱陶しいな。今のうちに殺しておくか」
「するがいい。出来るものならな」
「………」
デオルカンはシヴァロマと同じバイオレットの瞳をゆっくりと此方へ向け、ふっと吹き出した。
「やめておこう。唯一味方になってくれそうな奴を潰すのは勿体ない」
「賢明だ。常に賢明に生きろ、弟よ」
「そういえば、今日は婿入り先を選ぶんじゃあなかったか? 兄よ」
忘れてはいない。規律は規律だ。
シヴァロマは、あまり皇帝になる気はない。やぶさかではないが、執着はなかった。デオルカンはあくまで帝位を狙うらしく、同性婚もしないらしい。ならば双子のよしみで皇帝になった後もせいぜい小言を言わせて貰う。
長女のクラライアはとにかく、シヴァロマはアジャラやアーダーヴェインなど規律を重視しない者を皇帝にする気はなかった。その点はデオルカンも怪しいものだが、そこは双子のこと、扱い方は心得ている。
「どれにするんだ?」
「どれでもいい。他の輩が選ばなかったのを拾う」
「なら、コウ・ユーリンとタカラ・シマは諦めるんだな」
「タカラ・シマ……」
シヴァロマは、そのヤマト系の名を苦々しく呟いた。
「あやつを他の兄弟が引き取るなら、願ってもないことだ。あれは志摩の航路で海賊を潰す」
「自治区なら問題なかろう。何が気にいらねえんだ」
「略奪品は返還するが、それ以外の物品や海賊船を金にかえて懐に入れる。ああいうグレーラインを巧妙に踏む犯罪者予備軍が最も厄介だ」
「貴様が羨むものを、持っているわけだ」
茶化す双子を睨むが、デオルカンには氷の刃のようと評されるシヴァロマの眼光も効果がない。
「貴様は自分で思うほど潔白な人間じゃねえよ。貴様は本当は、俺のように奔放に生きたいのだ。貴様の本質は破壊衝動と悪徳への憧憬だ、俺には分かる」
「生物には誰しもある。それを理性で律するのが人間だ。それが出来ぬのは畜生よ」
「違いない。俺は獣の本分を忘れちゃいねえ。知ってるかシヴァロマ、かつてテラで地球外生物を追い出したエイリアンハーフは、本能から遠ざかって人間に近づくほど弱くなったらしい」
「貴様と頓智問答をする気はない」
将校コートを脱ぎ、洗浄ポッドへ向かうために踏み出すが、一度振り返る。
「その気がなかろうが夜会には出席しろ。それが規則だ」
シヴァロマにとって、それ以上に重要なことはなかった。
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