2018年4月4日水曜日

 コウ・ユーリンが歩けば人が避ける。
 恨めしげな目は心地いい。嫉妬はコウを輝かせる大事なスパイスだ。戦う前から勝ち目のない負け犬はいい引き立て役だった。
 催事用の宮殿は中央皇星でも特にきらびやかで、内装に貴重な宝石をふんだんに使用している。目も眩むような豪華さだ。テーブルクロスひとつ取っても、最高級のシルクだ。これを仕立てれば、立派なウェディングドレスになるだろう。

「ごきげんよう、コウ・ユーリン」
 大柄な護衛を連れたベネディクト王子が、コーカソイド特有の優美な顔で微笑み、声をかけてきた。
「ご機嫌は上々ね」
 お前なぞ眼中にないと、余裕を返す。
 ベネディクトはますます笑み深めた。
「誰かと一緒じゃないのかい。相変わらず友達がいないんだ?」
「と…友達なんか王族に必要ないね!」
「そう? タカラ・シマは交友関係広いみたいだけど」
「………!」
 コウの泣きどころ、タカラの話題を出されて苛立つ。実のところ、コウのタカラコンプレックスはこの男と会う度に蓄積されたものでもある。

 ベネディクトは、何も競争相手を潰してやろうと意地悪しているのではない。タカラ・シマのことで誂うと、この高慢で子供っぽい王子が取り乱すのが単純に面白いのだ。
「そういえばタカラ・シマの姿がないね。君も遅めだったけど、皇帝陛下も皇子殿下もいらしてるよ」
 彼の言うとおり、会場奥の段上の玉座には皇帝陛下がおわし、これほどの人混みでもアダムアイルの皇子は長身でよく目立った。
「我も挨拶するね。そこをどくよ」
 これ以上、タカラのことで弄られてたまるかと、コウは彼を押しのけようとするが。

 カッ―――ポポン

 談笑で騒がしい会場に、独特の音色が響き、人々が会話をやめた。
「何の音だろう」
 他の招待客がそうしているように、ベネディクトも音のするほうを見ようとしている。ただ、コウにはその音の正体が分かった。
「これは、つづみの音よ」
「ツヅミ? それは………」
「よーぉ!」

 カポン

 不思議な掛け声とともに再び鼓が鳴る。
 そうして笛が鳴り響く頃、動揺のさざめきが、歓声に変わった。これの理由は、コウには分からない。振り返って会場の入り口を見やる。
 まず、花びらを散らす桜の枝が揺れていた。意味が分からない。ヤマトの輩が、妙な歩き方で行列を作っている。やはり意味が分からない。
 しかし、最高に意味不明だったのは、美しい色打掛に前帯の格好で、短い髪を金簪やら桃の花簪で飾り立てたタカラ・シマが、三枚歯の巨大な下駄を引きずるようにして登場した時だ。

「ヤマトナデシコ!」
「うぉおおおおヤマトナデシコォオオ!!」

 会場騒然。花魁道中は、ヤマトやウィッカプールのヤマト街で行われる見世物のため、知っている人間も多い。コンロンにも民族衣装は多いのに、なぜか、ヤマトのキモノというやつは外星系に人気があった。尋常ではない、怒号のような歓声だ。
「派手だねえ。いくら無礼講のパーティーと言っても、ここまでやるかなあ、ふつう。変な人だね、タカラ・シマって」
「な、な、な………」
 わななくコウの目前で、タカラ・シマは満面の笑みで、心から楽しそうだ。登場して既にやりきった顔をしている。彼が肩に手をかけているのは、例の絶世の美男なのだが、誰も彼の美貌になど目もくれない。

「これは景気がよい」
 皇帝陛下までお喜びになられて、中央にくるよう手招きをなされる。
 嘘だろう。こんなことで。こんな一発芸のパフォーマンスなぞで………
 青くなったのはコウだけではあるまい。
 しかし、続く陛下のお言葉で安心した。

「どれ、そのほう、ひとつ舞ってみせい」

 タカラ・シマは、ロウホに調べさせた限りでは舞踊の類は出来ない。楽器はある程度扱えたはずだが、彼の多忙でまだ短い人生に舞踊稽古の入り込む余地はなかったのだ。
 だが、この格好で踊れませんは通らない。これはタカラが恥をかく姿が見られるかもしれない……
「………」
 案の定、タカラは黙り込んだ。さあ、どうする。何を言う。
 ヤマトの付き人どもが、近衛兵の指示で下がらされた。陛下の御前には無様な花魁姿のタカラ一人。
 沈黙する花魁に周囲が疑問の声を上げ始める、その頃に。
「り……」
 タカラが大きく片足を上げ、強く踏み下ろした。巨大な下駄が、とんでもない爆音を起こす。
「りん!」
 さらにタカラは、両足を踏みしめた。
「ぴょう!」
(何で返閉(はんぺい)踏み始めたね!?)
 あのバカ、どうしようもなくなって九字を唱えながら禹歩を。殿中で。花魁姿で。あの下駄で。返閉。
 同じヤマト星系から招待された讃岐の王子が「たからぁああ…」と魂消るような悲鳴を上げていた。コウも、そうしたい。

 聡明な皇帝陛下は、事情を察したらしい。呵々大笑、もうよい、とタカラを許す。
「よしよし、お前、面白い奴だの。近うおいで」
 何がそんなに陛下のおツボに入りめさるのか|(※コウ混乱中)、失態を罰するどころか側に呼ぼうとまでなさる。
 厚顔無恥なタカラ・シマ、謝罪するでもなく、恥じ入るでもなく、「あぃ」と返事して下駄を脱ぎ、段を上がる。皇帝陛下の足元で、ちょんと腰を落とした。正座というやつだ。コンロンでは失われた文化である。

 当代陛下は、オリエント出身の皇族で、何と表現しようか、非常に濃ゆいお顔をされている。
 優秀な遺伝子のみ取り入れてきたアダムアイルの皇族としては、顔面偏差値は低めだ。それでもじゅうぶん、男前ではあらせられる。
 彼はそのバタ臭い顔をほころばせ、
「愛いやつよのお。我が皇子の婚姻候補者でなくば、儂が召し上げたいほどだ」
「あちき、今晩でも陛下の褥に潜り込んでありんす」
「わっははは、そうかそうか、可愛いのー、可愛いのー」
 ひとしきり愛でられた後、タカラは帰された。

 その後、タカラ・シマはどの皇子と話すでもなく、すぐに会場から退散してゆく。あの男、何をしに来たのだろう。





「バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカとは……」

 まだ誰もいない控室のカウチで着物の前から生足を突き出し、それを組みながら金雁首の煙管をふかす主君にクラミツがいっそ呆然と呟いた。
「え?」
「え? じゃねえよ。無礼講のパーティーで花魁道中、インパクト勝負ってとこまでは分かる。だが、脳の配線をどう間違うと陛下の御前で禹歩踏み始めるスイッチが入るんだ?」
「俺のレパートリーに、舞踊っぽいのがあれしかなかった」
「あれを舞踊っぽいものに分類するところがまず分からねえ……」
「―――タカラ!」
「ふぉっ」
 クラミツの小言を聞きながらダレていたタカラの身が、急に浮き上がる。手から煙管が落ちた。高そうな本皮のカウチに焼け跡が。

「探したぞ、タカラッ」

 身長180センチを超えるタカラを軽々しくも高く掲げる、あまりに逞しいその腕と、目の前に広がる子供のように無邪気な瞳。タカラは大口を開けた。
「アジャラあにさまっ」
「タカラ、どうして真っ先に私のところへ来ない」
 責めながら嬉しそうに笑う羽織袴の皇子は、タカラを抱いてくるくる回る。幼い頃会ったときと、対応が変わっていない。
「美しくなったな、見違えたぞ!」
「あ、美しいといえば、あれを連れてきたのですが」
「げ」
 指し示されクラミツが顔を引きつらせる。が、アジャラはクラミツを一瞥しただけで、すぐにタカラへ注意を戻した。クラミツなど存在しないような扱いだ。少年兵に至っては空気と大差ないのだろう。

「余ったら、俺のところに来るんだぞ」
「本当?」
「ああ!」
 言って、アジャラはぎゅうとタカラを抱きしめる。いや、アジャラならと思っていたが、まさかこうも簡単に皇族を確保出来るとは。
 目的を果たしたタカラ・シマは、早々に催事宮から切り上げた。

 その、数時間後―――

「コウ・ユーリンも捨てがたいのですが、タカラ・シマを希望します。彼のDNAは興味深い」
 夜会が終わった後の、皇子だけの談合で、まずアヴァロンの皇子アーダーヴェインが悪びれずに言ってのけた。トランスジェニックの研究に熱心なこの皇子、文化財を遺伝子操作する気満々である。
 それへ不服を申し立てたのが、アジャラ。そう、ヤマトの文化財だ。もちろんヤマトの母を持つ彼がアーダーヴェインをたしなめるのが、筋……

「あれは昔から、私の玩具にすると決めていたのだ! お前にはやらんぞ!」

 前言撤回。貴様ら、ヤマト屈指の文化財を何だと思ってやがる。
 シヴァロマは頭を抱えた。デオルカンは我関せずとばかり、壁際であくびをしている。眠くなると凶悪な顔が幼く見えるのが不思議だ。双子の自分も、睡魔に襲われればああなるのだろうか。気を引き締めねばならぬ。

「お前はコウ・ユーリンにすればいいだろ!」
「能力が恋占だけではねえ。タカラ・シマからはまだ色々と引き出せそうで」
「うるさい! ずっと前から目をつけていたのだぞ」
「外戚を作るのが目的ですから、貴方も彼もヤマト以外の家のほうがいいでしょう? 我が母の生家は志摩を援助できますが、志摩の政敵である薩摩のご実家はどう仰ってるんですか?」
「母の家の意見で結婚相手を左右する気はない!」

 アーダーヴェインにしろアジャラにしろ、タカラ・シマを玩具にすることで頭が一杯だ。本日は阿呆のようではあったが、タカラ・シマなりに精一杯のパフォーマンスをしたろうに、そんなことは露ほども話題に登らぬまま、微妙な理由で選ばれそうになっている。
(貴様ら、貴重な文化財を何だと……)
 憎たらしいタカラ・シマなど兄弟に押し付けてしまえばいいものを、シヴァロマの性格上、出来なかった。
 シヴァロマは無言で立ち上がり、白熱する二皇子の部屋を後にする。デオルカンは立ったまま寝ていたので放置してきた。
 待機していた皇軍警察の将校に足を用意させた。行き先は、志摩にあてがわれた宮殿だ。

 渦中の人物、タカラ・シマ。
 連れてきた少年兵と一緒に、噴水で水遊びをしていた。半裸で。とりまく使用人が無我の境地に達した表情で彼らを見守っている。エントランスの絨毯が、洪水を起こしていた。
「若ーっ、もう一回、もう一回!」
「わはははー、それー」
 そんな格好で戯れているので、少年趣味でもあるのかと思いきや、ただ遊んでやっているだけらしい。少年の一人に水をぶっかけて笑っている。かけられたほうも、猿のような声音で喜んでいた。ここは、動物園か。
 しかし、タカラ・シマもやがて此方に気が付き、笑顔が凍りついた。さすがにそのくらいの頭はあるか。心臓に剛毛は生えているようだが。
「しばっしばろま皇子。なぜ此処に」
「洗浄ポッドはどこだ」
 何より、まずそれだ。水しぶきが僅かにかかった。この服も、もう着られない。

 全身を滅菌消毒し、清潔な衣服に着替えてひと心地つけた。人の宮殿の一室で好みのウォッカを一杯煽る。呑まねばやっていられない。
「あの、シヴァロマ皇子殿下……」
 所在なげにタカラ・シマが現れた。此方も着替えている。花魁衣装よりはもっと大人しい意匠のワフクだ。
 シヴァロマは顎を上げた。
「単刀直入に申す。私と婚姻を結ぶか」
「へっ」
 間抜けな顔で目を見開き、かと思えば、タカラ・シマはみるみるうちに黄色い肌を紅潮させた。
「本気で仰っているので?」
「私が、この夜更けに、冗談を言いに此処へ出向いたと?」
「いえっ! ただ驚いただけで」
 皇帝を前に「あちき」と言ってのけた豪胆さは何処へやら、そわそわ視線を彷徨わせて指先を弄る。よく分からぬ男だ。

 部下が書類とペンを置く。
「で、どうする」
「もちろん、喜んで!」
 てっきりアジャラから求婚されているものと思ったが、タカラ・シマは二つ返事で、何の躊躇もなく、婚約書に署名しようとする。この警戒心のなさ。話に聞く限りでは、かなり用心深く食えない男のはずだったが……
「軽はずみだな。深く考えよ。私はこの婚姻に政略以上の価値を見出さん。まともな結婚生活などないと思え」
「殿下こそ、よろしいのですか。俺などで。俺はご覧のとおり、がさつで、大雑把で、雅からは縁遠い男なのですが」
「そんなものは、デオルカンで慣れている」
 噴水遊び以上に途方も無い真似を、あの双子の弟はしてのける。あんなのはデオルカンのしでかすことに比べれば、可愛いものと言えた。あの弟は気がつけば生き物で血の海を作り、噴水遊びをしているのだから。

 けっきょく、タカラ・シマは嬉々としてサインした。間違いがないよう、シヴァロマもその場でサインする。
「では、挙式は三ヶ月後とする。志摩で行うゆえ、準備するように。資金はこちらで出す。それと、我が実家の出席はない……我々双子は母の家と疎遠でな。その援助がないことも留意せよ」
「はい。俺は、シヴァロマ殿下と結婚できるだけで満足です。ああ、これからは、婿どのですね」
「………」
「婿どの。宜しくお願いします」
 そう言って、タカラ・シマは目尻に朱色のアイシャドウを顔をふにゃふにゃと綻ばせる。
 シヴァロマの胸のうちに、何かむず痒い、消化しきれぬ感情、感覚が起こった。喜びともつかぬ、嫌悪ともつかぬ……だが、彼の人生に今まで無い経験のため、感情の名も、理由も分からず、ただその場を後にした。

 これは、規律。規律に従うための、政略結婚。本当はしたくもないが、規律だから仕方がない。規律、規律……


***


 タカラは浮かれきっていた。憧れのシヴァロマ皇子。声をかける糸口もなく、諦めていたのに、あちらから求婚してくださった。
 本当に一目見たいだけだった。それはあの花魁道中の最中で果たしたのだ。皇子はタカラのほうを見てもおらず、顔を背けて退屈そうに酒を煽ってらした。望みはなさそうだと、重ねて自分を納得させたものだ。それが、どうだ。

「シヴァロマ皇子はなー、本当に格好よくてなー、もひとつ格好よくてなー」
「うるせえ! 結婚する前から惚気んな!」
 誰彼構わず捕まえては、嬉しさを爆発させる。惚けたタカラに少年兵でさえ、近寄らない。仕方ないのでむりやりクラミツを捕まえて、さらに惚ける。
「皇子が助けてくださった話もさんざん聞いたし、その皇子に憧れて海賊退治するようになったのも聞いた。散々、聞いた。何十回も聞いた」
 それほど飽きずに話し続けた相手と結婚できる喜びプライスレス。
「うひょぁあああ……きょげぇえええ」
 抱えきれない幸運に日がな一日、奇声を発して巨大ベッドを転がり続けるタカラ・シマ。宙軍一同「変な人だと思ってはいたが、ここまでとは……」と呆れている。

「それにしても、いくら憧れてても本当にシヴァロマ殿下でいいんか。俺だったら、一番結婚したくない相手だがな。やることなすこと逐一文句言われて、神経すり減らしそうだ」
「俺は文句言われても気にしないほうだから、相性はいいと思う」
「気にしろよ! シヴァロマ皇子が可哀想だろ!!」
「失礼します」
 執事がノックもせずに乗り込んできた。王族に仕える使用人としては、首が飛んでも文句の言えぬ無礼である。だが、それだけに切迫した雰囲気がある。

「アジャラ様が―――」

 執事が言い終えるのを待たず、扉が飛んだ。
 当然、その前に立っていた執事も、飛んだ。人間がバウンドして墜ちる様を見たのは、あの時以来だ。
 シヴァロマ皇子が海賊をなぎたおした、あの時以来。
「あ、アジャラあにさま?」
 二人目の皇子が候補者の宮に足を運ぶなど、異例ではなかろうか。タカラがクラミツに目配せするか否や、大股で歩を詰めたアジャラが、タカラをベッドに縫い付けた。
 いつでも明朗で優しいアジャラの顔しか知らぬタカラは、狂犬のごとく歪んだ表情に言葉もない。

「どうしてシヴァロマなんかと婚約した!」

 なんか、とは何か。
 アジャラには報告するつもりでいた。そうか良かったな、余り物にならなくて。くらいの返答があると、むしろ祝ってくれるものとばかり思っていた。
『余ったら、貰ってやる』
 アジャラはそう言った。余らなかったのだから、良いではないか。
「お前は私の玩具にするんだよ! 幼い頃に海賊にかわるがわる犯されて、平気な顔をして帰ってきた王子がいると聞いた時から、ずっとだ。どんなふうにすれば、そいつの顔は歪むのかと――楽しみにしていたのに」
「……は?」
「いいけどな、シヴァロマを殺せばいい! シヴァロマを殺してお前を奪い、即位してお前の妹のナナセハナを妃にしてやろう。壊れた人形になったお前は綺麗に飾っておいてやる。それを見た妹がどんな顔をするか、今から楽しみだな!!」
「………」

 タカラはゆっくり、首を傾げた。理解が追いつかない。いま、なんといった? 会うたびに可愛い可愛いと抱き上げて、肩車をしてくれ、遊んでくれたあのアジャラが。
「俺……アジャラあにさまのこと、本当のあにさまみたいに……」
「兄貴がこんなことをするのか」
 アジャラの大きな手が浴衣の裾に潜り込んだ。
「ひっ、あにさま……ほんとう、に……ほんきで……」
「ははは、なんだタカラ。下の毛を剃ったのか? そういう趣味か? 海賊にでもやられたのか?」
「きさ、ま……」
 下腹部を撫で、性器を弄ぶ手に、タカラも放心から脱した。海賊どもの男根を噛みちぎったあの日のような、煮えくり返る怒りが蘇る。
「貴様のような男を皇帝にしてたまるか! 貴様に妹はやらん!!」
「ここへきても妹の心配か。これは壊し甲斐があるなあ」
「ひふみ……」
「おっと」
 アジャラは掛けるタイプの枕カバーをタカラの口に突っ込んだ。タカラはかなり強力なウィッカーだが、口を塞ぐと簡単に無力化されてしまう。これほど至近距離で、これほどの怪力に抑えこめられれば尚更だった。

「んんん」
「よしよし、いい子だぞ。おとなしくしろ。シヴァロマを殺したら、すぐ結婚してやる。壊すなんて嘘だ、ナナセハナにも興味はない。大事にするぞ、本当だ。お前が欲しいんだ」
「んうーっ」
 性器を執拗にこねくり回されると、男の悲しいさがで変な気分になってくる。アジャラは巧妙にタカラの抵抗を封じながら首筋に舌を這わせ、乳首を撫でた。
「う、んっ」
「そうかそうか、ここが感じるのか? やっぱり男の味を知っている分、敏感だな。何人相手にしたんだ? もう尻だけでイケるのか?」

 腐乙女の頭ん中だけでなら、タカラは突っ込まれるだけで潮もふきまくるし妊娠もするのだが。

 残念ながらリアルのタカラは痛みしか感じたことがない。それでも合意の上でなら我慢できると思っていた。それが務めなら。大好きなあにさまのアジャラであれば……喜んで体を重ねたろうに。
 あの優しいあにさまは、もういないのだ。いや、最初から存在しなかったのか。長男で嫡男のタカラはいつも頼れる一方で、時には投げ出したくなった。兄が欲しいと願ったこともある。アジャラが本当の兄だったら、どんなに良かったかと。
 まさかシヴァロマが求婚してくるとは夢にも思わなかったから、最初からアジャラと結婚する気でいたのに。こんな裏切りはあんまりだ。
「うぅっ……うんん…ん、ぅ」
 悲しみが怒りを凌駕するころ、体から力が抜けた。先走りまで出ているのかアジャラの手がぬめっている。薄笑いを浮かべたアジャラの指が、硬く窄んだアナルの口へ滑る。
 が、その指に犯されることはなかった。
 それどころか、アジャラの体が失せ、重量感も消える。
 代わりに目の前にいたのは、ニヴルヘイムの冷血皇子だった。
 寝台の前で例のデンドロビウムみたいな愛銃を担いだシヴァロマは、それによって殴られ転がり落ちた兄弟を傲然と見下ろしていた。

「他人の婚約者に手を出すとは、ヴェルトール法5692条に反するな。おまけに皇子は皇子を殺害しても罪にならん」
「シヴァロマ!」
「ここで脱落するか、アジャラ。俺はそれでも構わん。元より貴様を皇帝にする気はさらさらない」
「タカラ、無事か!」
 大急ぎでシヴァロマを呼んで来たのだろう。クラミツがシーツでタカラを包み、抱き起こしてくれた。あの執事も救出してくれたらしい。気がつけばこの部屋にはいない。

 一触即発の様相で対峙する皇子二名。シヴァロマが述べたとおり、アダムアイルは同族殺しを許容している。蟲毒の虫のように争わせて数を減らし、優秀な者だけを残すことで今日まで存続してきた。
 彼らにしてみれば、いずれ殺し合う間柄。それが今でも一向にかまわぬのだろう。
 だが、タカラはこの二人の死体など見たくはなかった。

「吹っ切って放つ、さんびらり!」

 印を切った二本の指をアジャラに向け、神言を唱えた。タカラの体内に埋め込まれたデバイスが室内に専用仮想次元を展開、言霊が意味を持ってアジャラの意識を刈り取った。アジャラのアダムアイルらしい巨体が音を立てて崩れる。
「アダムアイルをこうも容易く落とすか」
 白目をむくアジャラを心底侮蔑した瞳で見下ろし、シヴァロマは枕元へ近寄ってきた。この血族は背が高いので、一歩が異様に広い。
 シヴァロマはそこで跪き、クラミツに肩を抱かれるタカラの手をとった。手袋ごしとはいえ、潔癖症の皇子に触れて貰えるとは貰えず、まごついてしまう。
「兄弟の犯行を許したことを謝罪する。未然に防げる事件であった」
「俺も悪いのです。たぶん、アジャラ様を傷つけた」
 余ったら俺のところに来い。あれが子供じみたアジャラの精一杯のプロポーズだったのではないか。皇子にああ言われたのに、ほかの皇子と婚約するなど、確かに無神経だ。
 アジャラは頭に血がのぼってああ言っただけで、本心は違ったのかもしれない。でなければもっと前にタカラを無理やり己のものとして、弄ぶこともできたはずだ。
 まだアジャラを信じたいだけだろうか。

 と、シヴァロマは眉を顰めてタカラの手を離す。彼の不興も買ったかと怯んだが、そうではなく、皇子は懐からクリスタルの小瓶と清潔そうなハンカチを取り出し、ハンカチをシュッとひとふきしてからタカラの首筋を几帳面に拭った。
「吸い痕ついてる」
 クラミツがそっと耳打ちしてくれた。アジャラに口づけられた箇所を、消毒されたらしい。
「怪我はないか」
「はい、おかげさまで―――」
「洗浄ポッドへ入るがいい」
 昨晩の求婚時とはうって違う、優しい声で促された。この皇子の場合、それでも硬質だが、元を知っているだけに明白な違いが出る。
 洗浄ポッドを勧めるのも、潔癖性の皇子にとっては最大限の気遣いだろう。それがうれしくて、タカラは微笑んだ。
「ありがとう、婿どの。やっぱり貴方でよかった」
「そうか」
 特に感慨もないのか、皇子の声音は記者会見でよく聞くつっけんどんな調子に戻っていた。

 タカラが洗浄から戻ると、既にシヴァロマの姿はなかった。失神したアジャラも消えたので、婿が連れ帰ったのだろう。
「おまえがシヴァロマ皇子を選んだ理由がちょっと分かったよ。皇族じゃ一番マトモなお方かもな」
 アジャラに傷つけられ、消沈するタカラに付き添ってくれているクラミツに、そうだろと弱々しく笑い返した。

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創作:竜屋

竜屋  いい物件が見つかって、良かった。  湖に面しているのが、難点と言えば難点だが、隣の住宅から数百メートル離れている、一ヘクタールの庭付き物件で、この値段はそうない。 「あ……いなか者ですので、よう分からなくて。どこか、欠陥やら……?」  不安に尋ねると、いかにも火...