2018年4月5日木曜日

 皇子の婚約相手が発表されると同時に、腐乙女界だけでなく仮想次元全体がその話題でもちきりとなった。
 中にはタカラへの批判、シヴァロマへの批判、この二人が結婚することへの悪い意味での嘆きもあったが、そんなことは気にしない。元より、タカラとシヴァロマはやることが過激なのでそういうものは多かった。中にはタカラに潰された海賊の残党や、かつてシヴァロマに逮捕された犯罪者もいるだろう。
 それからデオロマ|(デオルカン×シヴァロマの略称)クラスタとタカクラ|(同様にタカラ×クラミツ)クラスタはお通夜の様相で、覗いた瞬間にトークルームをそっ閉じ。

 しかし、大半は祝福のやりとりである。
 特に嬉しかったのは、シヴァロマ×タカラ、通称ロマ若が流行したことだ。今まで宇宙規模でほんの一握りしかいなかった超ドマイナーのカップリングが一挙に人気を博し、日に千と言わず数万の作品がギャラリーに投稿され、ロマ若と題されたトークルームがウン十万と乱立した。
 よくもこの短期間にここまで、という数のウ=ス異本が発行され、シヴァロマ効果で宇宙中から『たから千代』への注文が殺到、製紙が追いつかない嬉しい悲鳴。

 タカラもこっそり、バーチャルブックや個人制作アニメを購入した。というか廃人並に課金している。腐乙女の妄想力は逞しく鋭い。これだけ母体が大きいと、名を馳せたプロも多く、その重箱の隅をつつく洞察力にタカラ本人が唸るほどだ。
 タカラの誘拐事件は、元より有名である。しかし、それを救出したのがシヴァロマであるとはあまり知れていなかった。今までは。
 ロマ若が流行ってからすぐにこの事実関係は割り出され、雷のように伝播し、この婚約はこの時に運命の出会いを果たした二人の昔からの約束であったという見解が一般化している。

 それが本当だったら良かったのだが、残念ながらそんな事実はない。

 八歳と十五歳の出会いから今までの期間についての捏造ストーリーが、多種多様なネタで展開されたウ=ス異本を仕事の合間に読みあさり、寝不足で頭が働かない。
 おそらくあの潔癖皇子が相手では一生ないだろうロマンチックなキスに悶え、シヴァロマの愛の告白でもう、たまらない。
『そなただけを愛している、タカラ|(※シヴァロマはそなたとか言わない)』
『お前は宇宙で最も清潔だ|(※実際に言いそうで困る口説き文句)』
 リアルでシヴァロマに言われたい台詞ランキングは『見事だ』『大した手腕だな』『礼を言おう』と婿に認められたい願望で占められているが、捏造であればアリアリ。
 そしてここまで文化が定着すると、いずれ仮想が現実に干渉しそうで大歓迎。

 とはいえ、この騒動も嬉しいばかりとはいかなかった。
 まず最も問題となったのは、タカラの偽物が仮想次元に何名も出没したことだ。
 これは志摩の面子に関わるゆえ、皇軍警察を抑えて自らの手で逮捕した。いくら皇軍警察元帥が婿とはいえ、自治権を持つ志摩が嫡男の偽物の逮捕を他所に委任できるわけがない。
 おかげで慣れない宇宙全域の仮想次元にジョイントダイブせねばならず、骨が折れた。この捜索はタカラや志摩宙軍のウィッカーだけでは手が足りず、ナナセハナにまで手伝わせている。親父どのは宥めすかして黙らせた。親父どのを関わらせると、余計な問題をこしらえかねない。
 ただ、この事件のおかげで、シヴァロマと通信する機会が増えたことにだけは、感謝している。

 それから余波というか、タカラにとっては苦いことに、アジャラ×タカラの人気も高まった。
 アジャラは結局、誰も選ばなかった。デオルカンと同様に独身表明をしたのである。
 今まで誰にも気に留められなかったが、ヤマト王族の定例会や夜会で熱心にタカラを構うアジャラの様子はマスコミに撮影されており、今でもその記録が仮想次元に出回っている。
 今までは単なる微笑ましい姿と報道されていた。しかし、タカラがシヴァロマと婚約し、アジャラが急に独身表明したというのがあまりに意味深で、人々は様々な事情を邪推してくれた。
「お家の事情で二人は引き裂かれた」
「タカラはアジャラを愛していたが、泣く泣くシヴァロマと結婚することに」
 アジャタカ界でのタカラは一貫して悲劇のヒロインだ。ロマ若界では潔癖症で経験のない皇子の童貞を腐界のビッチことタカラが食い散らす話からリバーシブルまでネタに事欠かないにも関わらず。

 ちなみにタカクラ・クラタカ界でもこの傾向は強い。タカクラの場合はクラミツが悲劇のヒロインだ。但し、タカクラでもタカラに比重を置く腐乙女は攻め受けイケる両刀のタカラを堪能しており、クラミツ派のタカクラ乙女の顰蹙をかっている。同じCPが好きでも、色々あるらしい。

 そして兄の話題沸騰の煽りで、なぜかナナセハナ人気も高まった。ウ=ス異本カルチャーは腐乙女だけが担っているものではない、萌え漢も多く存在する。萌え漢にとってナナセハナはもう女神のような扱いで、ウ=ス異本も多い。
 自分のことは好きに料理してくれて構わぬが、妹をウ=ス異本で陵辱する真似だけは絶対に許さない。絶許。
 ウ=ス異本で題材にされる実在の人物の肖像権侵害は親告罪だ。限りなくダークなグレーである。あのジャスティス・イズ・グローリーの異名を持つシヴァロマが放置している程度のダークではあるが、確かに訴えれば勝てる。

「俺のナナセを汚す奴は、何人たりとも許さん。ウィッカーよ、咒いたくば咒うがいい。倍々返しだ。ヤマト文化財志摩神道次期当主タカラ・シマをなめるなよ」

 萌え漢にもウィッカーは多く、実際に攻撃は多く受けた。というか一部の腐乙女からも受けた。まあ、こんなことは王族商売柄よくあることだ。ただでさえ、思い上がって志摩神道を負かしてやろうという輩はいて、今更の話だ。
 またこうした輩を返り討ちにするのは志摩の信仰を高める上で役立つ。信仰とは価値だ。価値は志摩の力となる。
 ただ、余計な仕事は増えた。

「あにさま、顔色が悪いです。もうじき挙式なのに」
 昼も夜もなく、ずたぼろの肌で僵尸のごとき色をしたタカラを、ナナセハナが窘める。
 基地まで態々出向いてまでの叱責だ。それも、ご大層に眠たげな親父どのまで連れて。
「あと一週間なのですよ。もうお休みくださいまし」
「此方としても休ませたいのですが、あまりに手が足りないのですよ」
 クラミツが申し訳なさそうに謝罪する。この男は昔馴染みのタカラをぞんざいに扱うが、ナナセハナには目上の姫君として接した。
 ちなみに仮想のNL界ではクラミツ×ナナセハナことクラナナが王道だ。
 ナナセハナが即位した皇子の何れかに嫁がないなら、タカラとしてもクラミツに妹を任せたいと考えている。というか皇帝であろうと嫁にやりたくない。何処の馬の骨とも知れぬ男にもやりたくない。どうしてもナナセハナをやらねばならぬなら、苦楽を共にした親友が良い。

「なら父様をお使いくださいまし。一週間のことですし、私が責任をもって見はります。この期間にお父さまがしでかしたことは、すべて私が責任をとります。そういうつもりで励んでくださいまし、父様」
「働きたくないでござる」
「たまには働いてくださいまし!」
 愛娘にぽかぽか殴られ、カサヌイはやに下がっていた。人のことは言えぬが、親父どのはナナセハナに甘い。
 クラミツ以下宙軍は揃って迷惑そうではあったが、こんな当主でもウィッカーとしての習熟度はタカラの遥か高みをゆく。
 そういうことなら久々に親に甘えることにした。何しろタカラの顔は日に日に隈が濃くなり、むくみ、血色が悪くなる一方だったのだ。

「じゃあ、悪いけど休ませてくれ。流石にこの顔で婿どのをお迎えしたくない。切腹したくなる」
「ああ……まあ、酷い有り様だからな。よく働いたよ、おつかれさん」
 そういう自分も暫く不眠不休で働いているというのに、そんな素振りも見せずにクラミツは主君を労った。こういうときのクラミツは「抱いて!」と言いたくなるほど男前である。
「挙式までは、私が兄さまの結界も担当いたします。呪い返しは中断なさいまし。他のことはせず、体調とお肌を整えてくださいましね」
 少し前までふにゃふにゃぽえぽえのアホの娘だったのに、成長したものだ。
 結界にかけてナナセハナの右に出る者は、この宇宙にいないと断言していい。タカラほど多様性のあるウィッカーも珍しいが、この結界にかけるナナセハナの力量はヴェルトール史上例のないものと褒めそやされるほどで、タカラの神言などナナセハナの禹歩ひとつで全て弾かれる。というか、タカラに限らず彼女の結界を破ったウィッカーは今のところ、存在しない。
 実はタカラより、ナナセハナを標的にしたウィッカーのほうが、ずっと多い。彼女を打ち負かせば宇宙一を名乗れる。しかし、彼女はほんの幼い頃から全てを黙らせてきた。志摩の守護者は、本当は妹のほうだと思う。





 一方宇宙の片隅で―――
「なんで、あんなヤツがこんなに人気あるのよ!」
 と髪を引き毟る女の姿があった。

 彼女は美の崇拝者だった。不細工には生きる価値がない。一般人ならまだしも、皇王族は美形が前提だろう。
 そころいくと志摩は一家揃って顔面偏差値は下の下|(当社比)、彼女はタカラだけでなくナナセハナも気に入らなかった。あんなカマトト女の何がいいのよ! そう思っている。
 志摩には皇族なみに美しいと評判のクラミツ・シマ様がいらっしゃる。だというのに、なぜ世間はタカラ・シマを持ち上げるのか。

「なんでって、皇族並ですから。クラミツ様くらい珍しくないっていうか……」
「トークルームが荒れるので皇王族の方々の批判はやめてください。不謹慎です」
「どうせ構ってちゃんだろ。スルー推奨」
「アンチは帰れ」

 どれほどトークルームで正論を訴えても、愚鈍なバカ女は考えを改めない。中には彼女に同調する輩もいたが、どいつもこいつも頭のおかしいメンヘラばかり。あんなのと一緒にされたくはない。彼女の思想はもっと崇高なのだ。
 また、タカラ批判の萌え漢も見苦しいことこの上なし。お前らがしたいのは批判ではなくやっかみだろうと。
 その点、彼女は軽率で無様な萌え漢どもとは違う。性別すら違うのだから、嫉妬の対象にはならない。と少なくとも彼女は信じており、その考えを疑いもしない。

「タカラ様が嫌いな人は、一度ハシリガネで志摩に行くといいですよ」
「旅行の時、気張って重い荷物を持ってちゃったんだけど、タカラ・シマ様がそっとあたしの荷物を取って『お手をどうぞお嬢さん』ってぇ!! 一生の思い出よ!」
「すっごい明るい方で、ちっとも気取らないっていうか、船旅の最中よくお話できるのよね」
「少年兵の面倒見も本当によくて、船内での訓練風景とか凄く微笑ましい。クラミツさまとツーショットが見れると幸せ」

 反吐が出るような絶賛の嵐。
 皇軍警察元帥の婚約者でヤマト文化財志摩次期当主の王子の悪口など、言ったその日にリアルで首が落ちても文句を言えないほどの不敬罪なのだが、シヴァロマもタカラも批判者から情報を得て犯罪者を割り出しているので放置されているだけという事情を彼女は知らない。

 そこまで言うなら、行ってやるわよ!
 彼女は志摩ゆきを決意した。もちろんタカラ・シマおよび当主一家をこきおろすネタを探しのためだが、クラミツ・シマ様をこの目で見たい。
 かくして彼女は五十年ぶりに|(現代人類の平均寿命は200歳)集合居住惑星の自宅から一歩踏み出したのだった。
 しかし何分、体が鈍っている。その気になれば一生涯、外へ出なくとも生きてゆける昨今、彼女のような一般人は珍しくない。貨物用モビルギアを購入しておくべきだった。
 旅行荷物ともなれば相応に重く、乏しい体力を奪う。中皇星の中継ステーションに着く頃には力尽きており、志摩ゆきの船着場でへたりこんでいた。

「――お荷物お持ちしましょうか?」

 何処かで聞いた声音。
 彼女は弾かれるように顔を上げた。桃葉紋の制帽から覗く、朱色の隈取。タカラ・シマだ。
 現実で他人から声をかけられるなど、百年以上なかったこと。彼女の職業はグラフィックパタンナーであり、仕事はすべて仮想次元で行っていた。メールやトークルームでのやりとりはあれど、生の声は久々で、すっかり萎縮してしまった。
 何のかんの相手は王子様、彼女より遥かに身分の高い相手だ。
 しかし、怯んだのを認められず、また混乱して「さっさと持ちなさいよ!」と怒鳴りつける。

 タカラ・シマは驚いて切れ長の目を丸くした。そんな彼と彼女の間に、腕が一本差し入れられた。タカラ・シマを庇うように現れた、クラミツ・シマ様だ!
「いかがなさいましたか。この方は志摩次期当主タカラ・シマ様です。お客様といえど、我が主君への無礼は許されませんよ」
「落ち着け、クラミツ。ご覧のとおり、お客様はお疲れで状況判断が出来ないんだ。さ、お荷物お持ちしましょうね、お姫様。クラミツ、彼女を船室までご案内しろ」
「はいあぃ」

 何という幸運だろう。クラミツ様の長く艶やかな黒髪をうっとりしながら追う。たまさかに横顔を見上げれば、長い睫毛に彩られた伏し目がちの瞳が見えた。狐のような顔をしたタカラ・シマとは大違いの黒目がちな瞳だ。
「先程は申し訳ございませんでした。あれでも次期当主なので、立場上とがめない訳にはいかないので」
「いえ、そんな……」
 耳が孕みそうな低く心地よい声音に震えながら、彼女の声は1オクターブ上がっていた。
「それと、少年兵の中には若への無礼に過敏なのがおります。奴らはまだ子供で加減というものを知らんので、お客様を保護する目的もありました。俺が先に出れば、奴らも満足しますから」
「あの少年兵は実戦に出るのですか」
 自分の身が危険だったことより、それに反応した。子供を軍で引き取ったことにも批判は多いのに、無礼を働いた客へ襲いかかるほど戦闘訓練を受けているなど―――

 実験施設にいた子供たちはもともと軍事用に育成されたウィッカーである事実は一般にはふせられており、彼女の知るところではない。

「実戦に出ねば成長しませんよ。大人になったからと急に酒を呑んで中毒で死ぬ奴が続出するのと同じことです。子供のころは守られて、大人になった瞬間死なせていい道理はない。海賊との白兵戦は基本的にハシリガネ船内では行われず、敵船で行われるので少年兵の戦闘をお客様の目には触れませんが……ま、基本的には我々正規兵が少年兵を監督しておりますので、滅多なことはありません」
 実際、志摩宙軍の少年兵に死者が出たという話はない。これは皇軍警察が毎年きっちり調べて公表していることなので、隠蔽工作は通用しないだろう。なにせあの相手はシヴァロマ……
 と言いたいところだが、彼女は思い直した。
 そう、可哀想なシヴァロマ皇子は、何か弱みでも握られてタカラ・シマの毒牙にかかったのだ。もしかしたら、もしかするかもしれない。
 彼女はニヴル双子皇子推しであった。なんといっても、皇族の中でも群を抜いた美を誇っている。

 ピギーバックペイロード船シマ・ハシリガネは外装ほど中は古くなかった。一面赤い絨毯びきで、ロビーには桃のテクスチャが飾られており、その花びらを唐傘が遮る畳のカウチがあった。窓枠も雅な檜枠で、木材自体が珍しい昨今の宇宙では贅沢だった。
 客室の扉も、なんと和紙で飾られた麩である。触れてみると立体映像ではなく、リアルのものだ。噂に高い『たから千代』の和紙をこれほど大胆に……名前は気にいらぬが、その美には感動を覚えた。
 流石に格安ツアーだけはあり、船室自体はシャワールームのごとく狭い。小さな棚があって、ベッドがある。足の踏み場が二歩あるかないかという程度。
 それでも宇宙が見える障子窓や、照明となるヤマトの灯籠は見事だった。ベッドに敷かれた寝具など、動物の毛がふんだんに使われており、まるで雲の上で寝るかの心地。
 食事も、バイオプリンタで生成された食料とは違う、土から育った野菜や果物は五臓六腑に染みわたる味だった。また、それらを食べて育った獣の肉は舌の上で蕩けるようで、今まで食べていたケミカルミートがどれほど味気なかったかを思い知る。

 志摩観光は、ハシリガネに乗るだけでも価値がある。
 その論評だけは素直に認めざるをえない。

 が、問題はここからである。ハシリガネにはもうひとつ名物があるのだ。それが目当てで常連化している客も多いらしい。
 彼女がハシリガネに乗って二日目、日光浴ルームで読書をしている最中に、船内にスクランブルが響いた。
『ご乗船のお客様にお知らせ申し上げます。ただいま志摩所有のソノ・ブイから敵船情報を受信しました。ただいまよりピギーバックペイロード船シマ・ハシリガネは戦闘態勢に入ります。はいあぃ』
「やったあ、海賊退治だ!!」
 無邪気な御子様が飛び上がって窓に齧りつく。
 観光客を乗せたままの戦闘など危険極まる行為だが、ヤマトでは黙認されている。彼女も乗船する際「格安ツアーですので死んでも文句を言いませんように」という書類にサインさせられていた。
 宇宙での旅は常に危険と隣り合わせ。どれほど護衛艦がついていようが、撃沈される時は、される。そこをいくと今まで死者を出したことのないハシリガネは安全そのものと言えるが、とにかくタカラ・シマの気に入らない彼女はその書類にも反感を持っていた。

 その不満が、実際に海賊に襲撃され、膨らんだ。五十年も自宅に引きこもっていた彼女には刺激の強いことだった。
 しかも、ちょうど彼女が乗り合わせたこの便は、ちょっとした伝説に残る事件が起きた。
「あれ、おかしいな」
 窓を見ていた子供が首を傾げた。
「何か、船の数が多―――」

 ビーッビーッ

 無機質なスクランブルが再度けたたましく響く。
『ご乗船のお客様、それから志摩宙軍にお知らせです。敵は艦隊を組んで突撃してくる様子。クラミツ、シノノメ! ギアモビル『オモイカネ』『ヒヒイロカネ』に搭乗し待機せよ。
 ただいまより、シマ・ハシリガネは九十九システムに移行します。ちびども、久々に俺の操舵テク見せてやっから、管制室に来い』
 客への連絡と宙軍への連絡がごっちゃになった放送だった。
 続いて、改めて客への連絡が流れる。
『ご乗船のお客様へお願いがございます。ハシリガネは百年以上親しまれた船です。ヤマトでは、九十九年の時を経た道具には魂が宿るという信仰があり、九十九システム起動中のハシリガネは生きて(・・・)います。
 従って船内の飛行タレットなどの防衛モビルギアからお掃除ロボまでが自分の意志で動き回るようになります。九十九システム起動中、彼らは機械感応による支配を受けつけませんので、ご安心ください。
 ……ところでクラミツー、あのエクラノプランの動力部落とせる?』
『オープン回線で聞くな! やればいいんだろ』
『お、出来んのか。愛してるぜクラミツ』
『気色悪い』
『若ー、このコンソールパネル何?』
『九十九で呼び出してないパネルが勝手に立ち上がったら、ハシリガネが「これ必要だと思うんだけど」と相談してきてると思え。必要なければ無視して構わない。で、今回の編成は有人モビルギア二機と、それからモビルギア支援のアビオニクスとダミービームと機雷と……』
 おまけにオープンでレクチャーまで始めてしまった。

 彼女は光浴室を出て、最も大きな窓のある展望ラウンジに移動した。既に大勢の乗客が海賊退治を見物しようと集まっている。命の危険に晒されているというのに、呑気な連中だ。
 この展望窓は、普段は装甲で覆われている。この緊急時になぜ腹を見せているのだろうか。客の命より見世物が大事とでも言うのだろうか?

 ――実際は「当たったら即死」のため装甲があろうがなかろうが関係ない為だが、例によって彼女は以下略
 どのみち、彼女の思う通り危険なことに変わりはない。

 しかし、一面の透過素材の向こうに見える武装艦隊は圧巻だった。あれに一斉射撃されたら、どうするのか? モビルギア二機とオンボロ貨物船だけで。
『お客様にお知らせです。少々揺れるので歯を食いしばって何かにお掴まりください。それから慣性装置の働いていない区画への移動もご遠慮ください。そろそろ戦闘開始です。来るぞ、クラミツ、シノノメ!』
『はいあぃ』
 タカラ・シマの号令に反応したか如く、敵艦隊が放射しながら突っ込んできた。凄まじい勢いで、巨大戦艦が迫る。窓いっぱいに怪物みたいな鼻面の機体が広がった時には生きた心地がしなかった。
 ふわっと腹が浮くような感覚がある。ハシリガネが急降下したのだ。足が掬われるように浮き、優しく包み込むように床が膝を覆った。痛みはない。
『見たかー、お客さんを乗せている時には、慣性装置を利用してスペーサーに船体をねじ込むんだ』
 あれだけの放射と艦隊を軽々回避しながら、まだレクチャーを続けている。

 と、後方へ行ったはずの敵船のひとつが、火を吹きながら前方へ流れていった。無惨なほど大破しており、中の人間は全滅だろう。
『……クラミツ、俺は動力部壊せっつったんだ、誰がデブリ作れって言った?』
『それどころじゃあねえ!』
『次ゴミ出したらオメー減俸処分だ。回収処理に金かかンだろうがっ。いいかチビども、デブリは敵だ! 海賊より敵だ』
 クラミツが操縦する戦闘機型モビルギアがラウンジの前を横切っていった。
 可哀想なクラミツ様。こんな不利な戦場で無能上司に無茶振りされて。撃破したらデブリが出るなど、当たり前ではないか。
 そうこうするうちに例の怪物船(エクラノプラン)が再び立ち塞がった。
 ぐるぅ、と振り回されるように身が揺れて、壁にとんと押されて止まる。酔いそうだ。何が操舵テクだ、揺れてばかりいる。

『くーらーみーちゅー』
『すいまっせんした! もうしない、もうしないって!』
『若、何を怒ってるので?』
 少年兵が訊いたくらいなので、このやりとりの真意はタカラとクラミツにしか分からない。
 実はクラミツ、支援母艦なしの艦隊戦でかなりテンパっていた。そのせいでタカラはクラミツのミスをそうと分からぬようフォローしながら、攻撃を回避しつつ機雷とダミービームで敵を撹乱し、本来なら全滅してもおかしくないところで踏ん張った。
 クラミツはエースである。彼が浮足立てば、後方支援のシノノメも動揺する。皇軍であれば処刑ものの大失態をやらかし、それを主君に隠蔽させたのだから、クラミツが焦るのも無理はない。

 何がどうなったのか、やがてエクラノプランが沈黙。今度こそ、クラミツ様はその華麗なテクニックで無能上司の命令を遂行したのだ。モビルギアを操る美しきエースパイロット。素敵だ。
 それをあんな聞こえよがしにオープンで叱るとは、一種の醜い示威行為に相違ない。やはりタカラ・シマ、憎むべき存在だ。

 彼女は志摩に到着してから、志摩邸宅で一般解放されている露天風呂で男湯を覗き、タカラ・シマの全裸を盗撮する。自慢のグラフィック技術で数千にも及ぶ卑猥なコラージュを仮想次元に流し、淫行疑惑を浮上させたうえでシヴァロマとの婚約を破綻させようと目論んだが、程なくして皇軍警察に逮捕された。
「なんでよ! タカラ・シマのエロ本なんかいくらでもあるじゃない!」
 と彼女は訴えたが、あくまでそれはイラストとして描かれた場合。似顔絵はあくまで似顔絵、その人物とは別物として扱われ、名前は記号化する。作者が同名の別人だと主張すれば否定する手段はなく、悪魔の証明になるからだ。
 しかし、写真は言い逃れ出来ない。どれほど萌え文化が繁盛しても皇王族のアイコラが出回らない訳を、彼女は理解していなかった。

 かくして、憎きタカラ・シマと敬愛するシヴァロマの挙式は、彼女が獄中に繋がれている間に行われたのである。ショッギョムッジョ。

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